毛替え 楔材の種類 ~メープルとサクラ~【弦楽器工房ブログ】
皆様、こんにちは。
弦楽器技術スタッフの高瀬です。
最近、我が家の小動物達(フクロモモンガ、ハリネズミ)に元気がありません。
暑さのせいもあると思いますが、元気付けようと奮発してお高級なフードを購入致しました。
与えてみたところ凄い勢いで完食したので安心したのですが…一つ問題が発生しました。
通常のフードをゴミのように廃棄して、お高級なフードしか食べません。
甘やかしすぎたのでしょうか、グルメ化が進行しています。
本日は
- 毛替え
- 革巻き
- 上ナット調整
- ニス補修
を行わせていただきました。
ご来店いただき、ありがとうございます。
楔材について
以前、木材の仕入れのブログ内で、毛替えの時に使用する楔材の種類について触れました。
『楔材』とは毛替えの時に作る材料で、弓のフロッグ、フェルル、ヘッドの3カ所に打ち込んである木片です。
フロッグの楔は普段見ることは出来ませんが、フェルルとヘッドの楔は毛替え時以外でも確認することが出来ます。
楔の役割は「馬毛の固定」です。
毛替えの際に馬毛を固定するために楔を使用するのですが、接着剤等は使用せず、楔の力だけで固定しています。
下の写真、1枚目がフェルルの楔(馬毛の通り道の下にある、薄い木材です)
2枚目がヘッドの楔です。
運良く数種類の木材を入手する機会がありましたので、今回から数回に分け、いくつかの木材を『楔材に適する材であるかどうか』試していきたいと思います(ただ単に私の好奇心です)。
今回は『メープル』と『サクラ』です。
メープル材
楔材に使用される一般的な材は『メープル』です。
ヴァイオリンの裏板、横板、ネック、駒にも使用される、ヴァイオリンにとって重要な木材です。
楔材には必ずメープル材を使用する決まりがある、、、という訳でもありません。
知人から、とある工房では楔材に柘植(ツゲ櫛の材料です)を使用していると聞いたこともあります。
それでも多くの職人がメープルを楔材として使用する理由は、
- 適度な硬さで加工が容易
- ヴァイオリンに関係する木材なので、入手が容易
これらが大きいのではないかと考えています。
そして、メープルを使用する職人の中でも
- ハードメープル
- ソフトメープル
どちらを使用するかで意見が分かれるのではないかと思います。
(ここから気乾比重と呼ばれる数値で強度の基準を表しますが、詳しく説明するとややこしくなりますので、気乾比重の数値が大きいと重くて硬い材、小さいと軽くて柔らかい材と捉えていただければ問題ありません)
ハードメープル
ハードメープルは名前の通り、硬めの材です。
気乾比重は0.72と、比較的重くて硬さがあります。
個人的には、可能ならばハードメープルを使用した方が良いと考えています。
硬い方が加工中に木材が崩れることが無く、月日が経っても木が痩せにくいからです。
しかし、ハードメープルはデメリットとして加工の困難さが挙げられます。
楔材を作る際は鑿で加工するのですが、少し多めに力を入れないと材が削れません。
私の場合1日6本以上毛替えを行うと、ハードメープルの加工により腕と肩が痛んでしまいます(私の筋力不足が原因かもしれませんね)。
そしてハードメープルのように硬い材を使用した場合、楔穴に対して楔材のサイズをピッタリあるいは緩めに作らないと、弓が破損するリスクがあります。
きつく入れすぎると、弓が楔材に負けて割れてしまいます。
ソフトメープル
その点、ソフトメープル類は少ない力でサクサク加工できるのでとても優秀です。
ややこしいですが、ソフトメープルはさらにレッドメープルとシルバーメープルの2種類に分かれており、
レッドメープルの気乾比重が0.61
シルバーメープルの気乾比重が0.53
となります。
加工面のしやすさは優秀なのですが、ソフトメープルは力加減を間違えると簡単に材が欠けたり割れたりします。
欠けや割れが発生すると、もちろん1から作り直しです。
そして、木が痩せる速度がハードメープルよりも早いので、木痩せ防止の加工が必要です。
場合によっては、木痩せ防止をしても数日で痩せてしまう事もあります。
硬い材
ちなみに、気乾比重の数値が大きすぎる木材だと、加工がさらに困難になります。
材によっては鑿の刃先が欠けることもあります。
比重1.0以上(この値を超えると水に沈みます)の材は『黒檀、スネークウッド、柘植(1.0以下の材もあります)』が有名どころです。
弦楽器を演奏する方なら聞き覚えがあると思いますが、上で紹介した材は弦楽器のフィッティングパーツによく使用されます。
サクラの楔材
気乾比重0.72のハードメープルだと少々硬く加工が困難、逆に0.53~0.61のソフトメープルだとやや柔らかく木痩せしやすいので、、、
中間の気乾比重値0.62~0.71の木材(広葉樹)を集め、実際に加工し、毛替えをして使用感を調べます。
今回は気乾比重0.65の『サクラ』で試したいと思います。
(サクラの種類によって数値が異なります)
サクラ材の使用感ですが、個人的にとても使いやすいです。
材質は柔らかすぎず硬すぎずで、加工中に欠けることもありませんでした。
気になる毛替え1週間後の木痩せ具合も確認しました。
写真が暗くて分かりにくいですが、フェルル部の楔に若干隙間があります(隙間がある=木が痩せたということです)。
サクラ材を使用する場合は多少きつめに楔を入れる位が丁度良さそうです。
ソフトメープルよりも硬いと判断し、ハードメープルと似た感覚で加工したのが失敗でした。
サクラ材はソフトメープルよりも硬さはありそうですが、やはり木痩せはするので、木痩せ予防の加工をすれば通常使用出来そうです。
加工の行いやすさはとても優秀なので、今度は木痩せ具合も考慮する必要がありそうです。
次回はもう少し硬めの材で試してみようと思います。
※お客様の毛替え時には、今後もメープル材を使用させていただきます
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弦楽器技術者の高瀬です。楽器の調子が悪い、音をもっと良くしたいと思いましたら、ぜひご来店ください。皆さまをお待ちしています!