皆様、こんにちは。
弦楽器技術スタッフの高瀬です。
最近、驚くほど修理依頼件数が増えています。
梅雨に入り湿度と温度が増したからでしょうか、毛替えのみならず割れや剥がれの依頼も多いです。
修理は何とかペースを崩さずに進められているのですが、このブログの更新やアクセサリー系の作成は少々疎かになりがちです。
本日は
- 上ナット交換
- ニスコーティング
- ペグ交換
- 毛替え
を行わせていただきました。
ご来店いただき、ありがとうございます。
指板が剝がれた時の対処法
はじめにも書きましたが、梅雨に入り、ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロの『割れ、剥がれ』の発生頻度が多くなっています。
割れや剥がれは楽器の表板、裏板、横板に生じることが多く、今の時期は指板剥がれも特に起きやすいです。
表板、裏板、横板が割れたり剥がれたりしても中々症状に気が付けませんが(大きな割れは別です)、指板剥がれは誰が見ても一目で分かります。
このような状態になります。
いざこのような状態になってしまうと慌ててしまうかもしれませんが、適切に対処すれば大事にならずに対処可能です。
今回は、指板が剥がれてしまった時にどうすればよいのか、簡単に説明させていただきます。
指板剥がれが起きる原因
なぜ今の時期に指板剥がれが多いかと言うと、原因は高温多湿によるものです。
楽器の接着剤には膠と呼ばれる天然の接着剤を使用しているのですが、この膠は高温多湿に対してかなり脆弱です。
楽器を修理する、という観点から見れば、膠の特性は『天然物で出来ており、ある程度強度のある接着が可能で、修理の際に簡単かつ綺麗に板を外すことが出来る』
というメリットになりますが、日本の梅雨に対しては『通常保管するだけで剥がれの可能性がある』というデメリットになってしまいます。
未然に防ぐ方法は
- エアコンや除湿器を使用し、楽器保管ヶ所の湿度を常に50%~60%台に保つ(せめて40%以上、70%以下が望ましいです)
- 夏場、車内や窓際に楽器を放置しない
- ケース内の湿度も適正に保つ
以上でしょうか。
湿度に関してはあまり気にしすぎも良くないですが、極端に暑く湿度の高い所は避けて下さい。
人間が快適に感じる温度と湿度なら問題ないので、対策をしているのであれば、普段過ごしているリビングルームでのケース内保管で問題はありません。
指板が剥がれた時に行う事、気を付ける事
では、実際に指板が剥がれてしまった、という時の対処法についてご説明させていただきます。
いくら湿度に気を付けていても、練習場所やレッスンへの移動時に指板が剥がれてしまう、ということもあります。
ケースを開けた時に指板がゴトッと落ちてきたら(あるいはズレていたら)、まずは慌てずに以下のように対処してください。
1.テールピース下に緩衝材を挟む
ポケットティッシュ(未使用の分厚い状態がベストです)、なければ楽器用のクロスを何度か折りたたんで厚くしてから、テールピースの下に挟んでください。
万が一駒が転倒した時に、テールピースとアジャスターの衝撃による楽器割れを防いでくれます。
2.(今の音を気に入っている場合)駒の位置をマーキングする
このあと、場合によっては弦と指板、駒、テールピースを外すことになります。
少しでもオリジナルの情報が残っていた方が以前の音に近付けられるので、音を気にされる方は製本用マスキングテープ等で駒の位置を下画像のようにマーキングしてください。
(本当は魂柱の位置もマーキングしたいのですが、必要なものも多く色々と手間なので…倒れないことを祈りましょう)
この時、テープの粘着力が強いとニスにテープ痕が残ってしまいます。
粘着力が強いものを使用する場合、粘着面を肌に何度か付けたり離したりして、粘着力を弱めさせることをお勧めします。
3.弦をゆっくりと徐々に緩め、駒と指板、テールピースを外す
この時、もし指板がまだネックに残っていた場合は、下記どちらの手順で指板を外してください。
- 指板と上ナットがくっ付いて丸ごと外れている状態なら、弦を緩めてから指板を外してください
- 上ナットだけ本体に残り、指板だけ外れている場合は指板を外してから弦を緩めてください
画像は、上ナットだけ残っている状態です。
指板の処理が済んだら、駒が動かせるまでたぽたぽに弦を緩ませ、駒をゆっくり外してください。
弦は1本ずつ緩めるのではなく、必ず4本まんべんなく緩めてください。
あとは
- テールピースと弦を外して保管
- テールピース下に緩衝材を挟んだまま、弦を少しだけ張って緩衝材を固定して保管(緩衝材が抜け落ちなくなる位で良いので)
上ナットだけ本体に残っている場合は良いですが、上ナットも外れている楽器に対しては弦を強く張らないでください。
上ナットの接着面に弦の窪みが残り、加工が厄介になります。
どちらかの状態で保管してください。
4.その日の内に弦楽器工房へ持っていく
なるべく早めが良いです。
というのも、指板が付いていない状態のネックを放置しすぎると、ネックが変形する可能性があるからです。
そうなると素直に指板と再接着できなくなるので、ネックの加工も必要になります。
遅くとも3日以内の修理をお勧めします。
※駒を動かしたくない、外したくない場合
どうしても現状維持で保管したい、という場合は上記2の手順まで行い、あとは駒が倒れない程度まで弦を緩めてそのまま保管してください。
これなら魂柱と駒の位置はほぼ動きませんが、駒はいつもより倒れやすい状態なので移動中は十分気を付けてください。
弦を緩める理由
なぜ弦を緩めて保管する必要があるのか、と気になった方もいらっしゃると思います。
先ほど、指板のない状態のネックを放置するとネックが変形する、と書きましたが、指板が無い状態で弦を通常のテンションで張り続けても、ネックは変形してしまいます。
ネックは、いつも指板のお陰で弦のテンション強度に耐えていますが、指板が無くなると一気に弱くなります。
テンションに耐え切れずネックが曲がり、最悪の場合折れる可能性もあります(長期保管した場合)。
折れるまでいかなくとも、ネックが大きく曲がることにより、ネックの角度が下がった時と似た状態になってしまいます。
そうなると、一度ネックを外して修理、あるいは継ぎネック(要はネックの作り直し)という大変大掛かりな修理が必要になります。
最後に
指板が外れてしまい、そのままの状態で(しかも1週間以上経過した後で)放置していた、というお客様を多く見かけます。
今回ご紹介しました通り、実は大変危険な保管状態です。
指板剥がれは今の時期油断出来ませんので、指板の状態を定期的に確認していただき(もちろん他の部位も)、異常を感じたら早めの点検をお勧め致します。
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