【緊急企画座談会】コロナ禍のリモートワークにおける新たな作曲スタイルと楽器の可能性

記事中に掲載されている価格・税表記および仕様等は記事更新時点のものとなります。

© Shimamura Music. All Rights Reserved. 掲載されているコンテンツの商用目的での使用・転載を禁じます。

コロナ禍において社会は未曾有の打撃を受けています。そして音楽・楽器業界も例外ではありません。そんな中、注目を集めているのが大手広告代理店から独立後、自身の楽曲はをはじめ数多くのCM・イベント音楽制作等に携わり、着実にファンを増やし続けている新進気鋭のアーティスト齊藤 耕太郎氏です。2018年にリリースしたアルバム「Brainstorm」の収録曲がSpotifyのバイラルトップ50(日本)でそれぞれ1位、2位になり、2020年コロナ禍の真っ只中、約9割をリモートによるコラボレーションで新作アルバム「VOYAGER」をリリースするという新たなチャレンジも話題となっています。


今回デジランドではその齊藤 耕太郎氏と、日本を代表する電子楽器メーカーのひとつローランド株式会社の蓑輪 雅弘氏に参加していただき座談会を開催いたしました。このコロナ禍におけるリモートワークでの新たな作曲スタイルの可能性と、楽器メーカー、楽器小売店の取り組み、そしてこれからの新しい音楽の楽しみ方などについてお話を伺ったのでその様子をお伝えいたします。

対談収録日:2020年10月29日 ZOOM meeting

出演者

齊藤 耕太郎(KOTARO SAITO)

作曲家、音楽プロデューサー。中学3年間をインドで過ごし、独学でピアノと作曲を習得。慶應義塾大学を経て博報堂に新卒入社。5年で独立し国際連合・ワコール・Z会などのCM・舞台・ショー音楽制作を開始。2018年リリースの「BRAINSTORM」より「秒の間」「Brainstorm」がSpotifyバイラルトップ50(日本)でそれぞれ1位、2位になり話題となる。同アルバムより「Love Song」は現在八景島シーパラダイスナイトショー「LIGHTIA」のメインテーマに選出される他、noteでの執筆活動が人気を博す。最近ではマリオットホテル系列のアロフト東京銀座とのコラボレーションを行うなど、楽曲制作以外の場でも活動の幅を拡大中。https://www.kotarosaito.com/

蓑輪 雅弘(MASAHIRO MINOWA)

ローランド株式会社執行役員 RPG開発部門担当。

1996年4月1日入社。製造部門を経て、DTM開発部門にてミュージ郎シリーズ、海外ソフトウェアのローカライズ、黎明期のプラグイン・ソフトウェア・シンセサイザーの開発に従事。2001年より国内マーケティング部門、2007年より海外マーケティング部門に従事し、2013年社内カンパニーであるRPGカンパニーの設立に参加。2016年に同カンパニーRPG企画部長、2017年9月に同カンパニー社長に就任。2018年1月より現職。

坂上 暢(MITSURU SAKAUE)

島村楽器株式会社デジランドプロデューサー/音楽クリエーター。プロフィール

進行:飯田恒平(島村楽器株式会社)

——本日はお集まりいただきありがとうございます。さて本日のテーマですが、現在コロナ禍において社会は未曾有の事態を経験しています。そんな中、新しい音楽制作と発信にチャレンジしているミュージシャン、楽器メーカー、小売店という異なる立場の3名にお集まりいただき、「リモートワークにおける新たな作曲スタイルと楽器の可能性」ということでこれからの音楽制作や情報発信についてどんなことができるのかを語っていただきたいというのがこの座談会の趣旨です。

——まずは皆さんのバックボーンを探れればと思いますので、初めて買った楽器や楽器店の思い出などについて教えていただけますか?(以降敬称略)

齊藤:中学生の頃、父親の仕事の都合でインドに住むことになったのですが、その頃独学でピアノをはじめました。高校で日本に戻っきてから作詞作曲をするようになり、当時の趣味の延長線上から現在に至るわけですが、もともと浜松出身だったのでローランドという会社名はよく知っていました。初めてローランドの楽器を買ったのは博報堂(広告代理店)に勤務していた頃、2012年くらいですが、RD-700NX(ステージピアノ)とコルグのワークステーションシンセKRONOSと一緒に手に入れたんです。RDのタッチがとても気に入っているので現在でもレコーディングやライブで愛用しています。

その後シンセに目覚めていろいろな機種を購入することになったのですが、90年代のサウンドに興味があったのでJD-800、JV-1000(ともにデジタルシンセ)、JUNO-106(DCO搭載アナログシンセ)を購入しました。ローランドのシンセサウンドの持つファッション性がとても気に入っているのですが、特にJUNO-106のアナログサウンドは自分の音楽には欠かせないものになっていると思います。そして極めつけはこのJUPITER-8(1980年代に発売されたアナログポリシンセ:当時の価格98万円)ですね。2020年にまさに運命の出会いがあって中古で手に入れました。

Roland JUPITER-8

Roland Jupiter-8 Synth, 1983 (white bg).jpg

By Ed Uthman from Houston, TX, USA, CC BY-SA 2.0, Link

このシンセのサウンドはまさに自分の夢をダイレクトに叶えてくれる存在だと思います。あと、これも最近手に入れたのですがこの「SH-101(アナログモノシンセ)」もベースやリードで大活躍してくれています。

自分はほぼ馴染みの楽器店でしか買わないのですが、先程のJUPITER-8はとある店長さんが「齊藤さん、良い状態のJUPITER-8が入荷しましたよ」と一番最初に僕に連絡してくれたんですね。オリジナル価格をはるかに超えた金額だったのですが、電話越しに「なんとしても買います!」と即決しました(笑)。ビンテージシンセに限らずお店の人との親密な関係が無いと買えないものもありますし、実は僕はそんなに機械に詳しいわけではないので、色々とトラブったときなど相談できる店員さんがいると、音楽制作に集中できてとても助かります。僕と楽器店の店員さんとの関係はそんな感じでとても大切なものですね。

——ありがとうございました。続いてローランドの蓑輪さんはいかがですか?

蓑輪:私は小さい頃からおもちゃの鍵盤で遊んでいたりしたのですが、高校の頃はちょうどNECのPC-98、88といったパソコンブームの時代でした。ちょうどその頃、ローランドから「ミュージくん」というDTMパッケージが発売されて、パソコンで音楽を作るという世界があることを初めて知りました。

ミュージくん

しかし高校生の私にはちょっと高額だったので、最初はパソコンの内部音源をつかってゲームミュージックみたいなものを打ち込みで作っていました。パソコンと外部音源をMIDIインターフェースというものを介してつなぐことができるということを知ったのもその頃です。私は千葉県の船橋市出身なので、総武線に乗って平井にある島村楽器さんや、秋葉原のパソコンショップなどにはよく通っていました。

当時も楽器店ではメーカーさんが音楽制作関連の無料セミナーを開催していて、高校生ながらに無料でこんなことしてくれるのすごいなあと思っていました。今の立場で考えると当たり前なんですが(笑) 大学時代になるとJV-1000(初期のワークステーションシンセ)を使用してバンド活動なども行うようになりましたが、1996年にローランドに入社して最初に買ったのがA-90EX(MIDIマスターキーボード・ステージ・ピアノ)でこれは現在も愛用しています。

A-90EX

入社後、コンピュータミュージックが得意だったこともあり、DTM製品の開発部門に配属されました。当時XP-80(ワークステーション)のイベントの応援等でデモをやってらした坂上さんにその時お会いしていますね。SC-88ProやSC-8850などの音源モジュールも全盛期の時代でした。その後Cakewalk SONAR(DAWソフト)の営業マーケティングに異動してプロモーションを担当することになりました。2000年代初頭は、もうハードシンセは無くなって全部コンピューターに取って代わる時代になると誰しもが感じていたのではないかと思うほどその時代はパソコンの全盛期でした。2010年代は無料ソフトも台頭してきてビジネス的にもそこから付加価値を生み出すことが困難になり、ユーザーもだんだんソフトだけでやることに飽きてきた様に感じられ、ハード回帰が訪れた時代だったと思います。2013年からはAIRAシリーズを筆頭に、新しいソフトとハードの融合した製品の企画・マーケティングを担当。2017年からシンセサイザーやリズムマシンの開発統括に携わることになり今に至っています。

AIRAシリーズ

——ありがとうございました。開発秘話などもっと詳しくお聞きしたいところですが、時間の関係上それはまた次の機会にということで、続いて蓑輪さんとも20数年のお付き合いがある坂上さんお願いします。

坂上:現職に付く前はクリエーターとして作編曲、楽曲制作などに携わり、ローランドさんを始めとする楽器メーカーのデモンストレーションなどもやらせていただいていました。

楽器との出会いですが、私の中学時代はプログレが結構流行っていて、ELP(エマーソン・レイク・アンド・パーマー)のキース・エマーソンに憧れてキーボードを独学ではじめました。キースの弾いているのがMoogシンセと「ハモンドオルガン」ってことを知り、YAMAHAのYC-20(トランジスタ方式のコンボオルガン)を買ったんですが全然あの音にならなくてショックだったのを覚えています。最初に買ったシンセはKorgのMS-20(アナログモノシンセ)で、先輩に借りたローランドのRS-101(ストリングスアンサンブル)やCOLUMBIAのエレピアン「EP-61C」(リードアクション方式の電気ピアノ)を使ってマルチキーボーディスト(当時はそういう呼称があった)ごっこみたいなことをやっていました。

YAMAHA YC-20

大学自体はジャズに傾倒してアコースティックピアノ一辺倒でしたが、ガチガチのフルバンドでDX-7(ヤマハのFMデジタルシンセ)も弾いたりしてましたが当時としては異端な感じだった気がします。学生時代に島村楽器の平井店(現在は閉店)でアルバイトしていたのがきっかけで、キーボード教室の講師などをやらさせてもらったりしてました。それから制作系の会社で20年以上各種商業音楽の制作やローランドさんをはじめとする楽器メーカーさんのデモや制作などに携わっていました。当時はローランドの蓑輪さんともデモやイベントなどでたくさん一緒にお仕事させていただきましたが、JUNOシリーズやIntegra-7などを始めとするシンセの内臓デモ曲もたくさん作らせていただきました。現在はこのデジランドの記事やレビューなどを担当しておりまして、こうして皆さんとお話させていただいています。

——ありがとうございました、ところで蓑輪さんの手前と後ろにあるシンセは何という機種ですか?

蓑輪:これはローランドの最新機種の一つである「JUPITER-Xm」というシンセサイザーです。

これらは先程のアナログからデジタルの変遷にも繋がってくるのですが、PCMとモデリング音源である「ZEN-Core」というシンセシスエンジンを搭載したシンセサイザーです。そして同様のサウンドエンジンに加え、V-PianoやSuperNATURALといった音源も搭載したフラッグシップシンセがこのFANTOMです。

手元のパソコンには同じくZEN-Coreを搭載したソフトシンセ「ZENOLOGY Pro」が入っています。皆さんのお話にもあったとおり、アナログ〜デジタル〜ソフトウエアという変遷を経て、2010年以降は齊藤さんが集められているような機材を含め、ソフト、ハード、デジタル、アナログを適材適所で使い分ける時代になってきているのだと思います。ただ制作フローの中ではそれぞれに互換性があると便利だと思うので、ここで紹介したシンセはZEN-Coreという共通シンセエンジンを採用しています。

ZENOLOGY Pro

齊藤:ところで坂上さんの背景(下)のシンセもすごいですね。

坂上:あ、これは実はZOOMのバーチャル背景でして・・わたしの部屋ではありません(笑)梅田店のユーロラックシンセコーナーの写真を使わせてもらってます。ところで齊藤さんのバックに鎮座しているビンテージシンセも相当なものですね?お高かったでしょう?

齊藤:これの購入資金のために働いているようなものですよ(笑)JUPITER-8だけで百○十万しましたからね・・

蓑輪:JUPITER-8は1980年代の発売当時で98万ですが、現在の中古市場では状態の良いものではやはりそれくらいするようです。メーカーの人間としては複雑な気持ちですが・・・

坂上:JUPITER-8の上にあるのはProphet-5でしょうか?

齊藤:はいRev.3.3ですね、やはり○十万で買いましたが、最近は本家から最新モデルが発売されたのもあって、少々中古市場も下がって来ているようですね。

坂上:何れにせよ、みんな車の値段と変わらないくらいですね・・・


リモートコラボで制作されたアルバム

——シンセの購入話が盛り上がっているところで恐縮ですが次のテーマに(笑)。さて齊藤さんが2020年9月に制作されたアルバム「VOYAGER」の制作過程や使用機材について伺わせてください。制作時期はちょうどコロナ禍が始まった3、4月だと思いますがほぼリモートでコラボして作られたそうですね。

齊藤:4月初頭の緊急事態宣言以前から、現在の制作パートナーの一人でもある大先輩の作曲家「内山肇」さんと様々なプロジェクトに関わってきました。ポップフィールドでギターとシンセが有機的に織りなす歌モノを中心にやっていこうということで、2020年の2月くらいからアルバム収録の「Hello」や「Mother Spaceship」などをレコーディングしていました。当時はライブでギターとアナログシンセを演奏するという前提だったのですが、コロナによってライブをする機会も失われてどうしよう?と思っていたときにじゃあアルバムを作ろうということになったんです。

当初は自分のシンセやピアノパートを自分のイメージに沿ってほぼ完パケミックスしたものを肇さん(内山肇氏)に送って、それにギターを入れてもらうというやり方をしていました。肇さんは非常に音色にこだわりを持つ作曲家で、時代の音はその次代の「本物の音」でなくてはならないというポリシーを持っているんです。「VOYAGER」の製作時にはJUPITER-8のサウンドを中心に使いたいと思っていました。あの独特なミッド/ハイ・レンジのサウンドが欲しかったんですね。曲によってはProphet-5のベースも使いましたが、いずれにせよ僕の作曲スタイルは、まずシンセの音色があってそのサウンドに触発されて楽曲全体のイメージがどんどん膨らんでいくという感じなんですね。まず楽曲のパートを全部DAWで作ってから、音色を差し替えていくという制作スタイルもあると思いますが、僕はほとんどそういうことはしません。その時の音はその時しか鳴らないと思っているので、自分がその時の気持で選んだ音色ありきということですね。

——コロナのせいでフェイストゥーフェイスで内山氏などのミュージシャンには会う機会はなかったと思うのですが、どの様にコミュニケーションしていたのでしょう?

齊藤:自分のパートに関しては全部自分のスタジオで完結するんです。僕のスタジオにはアウトボード(外部ハードエフェクター)も用意されているので、基本ミックスも含め全部ここでやっています。緊急事態宣言以降はサミングミキサーの導入やオーディオ・インターフェースもチャンネル数を増やしたりして音質向上のための機材導入をすすめました。「VOYAGER」のミックスは大半を自分でやっているのですが、とても満足のいく仕上がりになっていると思います。

——ということはコロナ禍であっても作業自体はさほど苦にはならなかったと?

齊藤:LINE電話で肇さんに音を聞いてもらいながらずっと制作してもらいましたので、幸いと言っては語弊があるかもしれませんが、逆に楽しくてしょうがなかったですね。最終段階の「詰め」の作業は流石にきつかったですが、アイデアを広げていく過程での肇さんとのやり取りを含め、今回は作った本人が一番アルバムにに救われた気がします。

——他にもこのアルバム制作に携わった方とのコミュニケーションはいかがでしたか?

齊藤:ミックスをお願いしたのはアメリカのグラミーエンジニアBrendan Dekora氏です。「Salt」「Waterfall」という曲のミックスをお願いしました。自分が煮詰まってしまいにっちもさっちも行かなくなってしまった状況が一時あったのですが、さすがNine Inch Nails、Foo Fighters、Ariana Grandeなどの錚々たるアーティストを手掛けた氏だけに、こちらのイメージを言葉で伝えただけで猛スピードで仕上げてくれました。どうしたらこんな音に仕上げてくれるのか不思議で、リミッターの使い方とかを分析してみたり、とても勉強になりましたね。

Brendan Dekora氏

蓑輪:今回のコロナ禍というのはグローバルに皆が同じ状況に置かれてしまったという未曾有のケースだと思うのですが、逆に平時ではこの人には忙しすぎて声をかけられないという人にもコンタクトできるチャンスが生まれたような気がしますがいかがですか?

齊藤:それはあると思います。ここでお名前は開かせないのですが、超々大御所のミュージシャンから「何買ったらいい?」っていう機材購入相談の電話をもらったこともありましたね(笑)。Brendanもそうだと思うんですが(コロナ禍きっかけに)仕事が落ち着き、こちらのオファーを快諾してくれたということもあると思うんです。仕事が止まってしまってもめげずに走り続けることで、豊かな出会いができたのではないかと感じています。こんな事を言うと少々不謹慎かもしれませんが、コロナ禍になったことで逆に自分は前に進めたのかもしれません。とにかく常に前を向いて進むのが大事なのではないかと思います。

——コロナ禍というと経済的損失などネガティブなことばかりに目が向きがちになりますが、齊藤さんのプラス思考のお話を伺うと希望が湧いてくる気がします。そんな中で現在、特に音楽に携わる若い方が非常に苦労しておられると思うのですが、その方たちに対してなにか伝えたいことはありますか?

齊藤:自分の場合は代理店時代の縁もあってCMの音楽制作に関わることができたのですが、これは一般の方とは異なるちょっと特殊なケースで非常にラッキーだったとも思っています。ただ僕がお伝えしたいことは、僕にとってネットやSNSはとても希望に溢れた場所で、新しい才能を発見しやすいところだということです。今回のアルバムの10曲目「EverGreen」でも歌ってくれている天才的なボーカリストでありプロデューサーの「VivaOla(ビバオラ)」くんはたまたまネットで聴いて「この人しかいない!」と思ったんですが、もちろん全く面識はありませんでした。ちょうど配信ディストリビューターが同じということで関係者を通じてオファーしたところ歌ってもらうことができたんです。実際にお会いできたのはアルバム完成後でしたが、その時初めて彼が22歳ということも知って驚きました。本当に成熟した感性の持ち主ですね彼は。他にも僕のWebサイトを見て「ぜひ自分に歌わせてほしい」というロンドン在住のヴォーカリストに実際にお願いして歌ってもらった曲もリリースしています。彼とはいまだに会ったことはありませんが(笑)

とにかく発信さえすれば必ず誰かに伝わるんだと思います。年齢、性別、国籍の区別なくみんなで集まってそれぞれの得意分野を出し合って作品が作れる(コライト)環境が揃っているんです。

——海外のアーティストさんとやり取りする場合、データの共有などはどの様にされていますか?

齊藤:DAWのクラウドベースの共有サービスなどもあるのですが、僕はシンプルにステムトラック(32bit / 48kHz)をメールベースでやり取りするのが一番性に合っている気がします。

蓑輪:音楽データの共有サービスというのはここ20年ほど、ネットの普及とともに各社から様々なサービスが提供されています。しかしリアルタイムセッションのようなケースを除き、データシェアが確実にできるということが大切な気がします。先程の齊藤さんのお話でもあったLINE電話でのやりとりのように、リアルタイム性が必要なのは意思の疎通のようなコミュニケーションなのかもしれません。同じ環境が異なった場所で用意できるといったことのほうが本質なのかと思います。

坂上:ステムトラックを作ってWAV(やAIFF等)で送り、各自のレコーディング・データをやり取りするということですが、もし将来的にレイテンシー等の問題がクリアになった場合、リアルタイムでセッションなどやってみたいと思いますか?

齊藤:楽曲制作というよりライブですね。全員集まってやるよりセッティングも各自でやればよいので楽かもしれないです。オンラインセッションに関しては各自のモニター環境が異なるので、まったく同じ音で聞くわけにはいきません。それよりも感性を共有するためのシステムがあったら良いと思います。今こうして皆さんの顔を見ながらお話しているわけですが、こうした環境のほうが音に影響するのではないかと思います。

坂上:なるほど、たしかにLINE電話でも「音の質感」は通じますからね。

齊藤:なお録音に関してはシンセの音をSSLのマイクプリアンプ経由でDangerous Compressorを通し、オーディオ・インターフェース(UAD Apollo 8 quad)経由でPCという一般的な流れですが、電源周りにはこだわっています。最近引っ越しをしてスタジオ環境も一新しましたが、まず行ったのは電源環境に対する工事ですね。僕は200Vの電源から降圧しながらノイズフィルターを通った元気を楽器、PC、録音機器に供給しています。モニター環境も楽器の音も、壁コンの電源から引いた電気では出せない「本来の音」になった感覚です。電源周りに関しては賃貸でも柔軟に工事できることが多いので、興味ある方は数十万円クラスのハイエンド機材を導入する前に是非、電源環境を整えることを検討されると良いかもしれません。

坂上:プラグインは使われますか?

齊藤:WAVES、UAD、iZotopeのNEUTRONなどはよく使っています。ただしiZotope社が提供しているAIマスタリング機能は基本的に使いません。自分の耳で判断して、マニュアルで使っています。帯域同士の干渉などが視覚化されるので、微細な調整の時にNEUTRON 3は便利ですね。僕は自らのリリース作品は必ずマスタリングを外注しています。ミキシングまではグルーヴコントロールを主な目的に自分で行っていますが、仕上げの段階はより優れたモニター環境、そして機材の力だけではない「波動」を活用したマスタリングを行います。プラグインでの仕上げは現状、僕はあまり信用していません。

iZotope NEUTRON

楽器メーカーとしての想い

——続いて楽器メーカーとしての想いを蓑輪さんお話お願いできますでしょうか?

蓑輪:弊社は「WE DESIGN THE FUTURE」というスローガンを掲げており、常にミュージシャンやユーザー様に新しいものを届けるというのが楽器メーカーとしての使命と考えています。例えば齊藤さんのJUPITER-8のように現在でも評価いただいているビンテージシンセのDNAをまったく新しい形で提供し続けるということが大事だと思います。よく「ローランドはフルアナログのシンセは作らないのか?」と言われます。アナログ技術を否定はしていません。SE Electronicsさんとのコラボで「SE-02」、Malekkoさんとのコラボで「SYSTEM-500シリーズ」などフルアナログシンセモジュールをリリースしています。しかし、基本的には未来に向けた製品を追求していきたい。その上でデジタルにはもっともっと可能性があり、その進化を追求していきたいのです。その様に過去の技術をリスペクトしつつ、今の時代に新しい製品をと考え2020年に発表したのが先ほどお話したZEN-Coreというシンセエンジンなのです。

SE-02

一般のリスナーさんに視野を向けると、今の若い方の多くは殆どの方がスマホをお持ちで、一日の中で非常に長い時間をスマホに費やしていると思います。そのスマホを使っている時間からどれだけ音楽に興味を持ってもらうかが課題だと思います。単にスマホで音楽を聞くという行為から、アレンジ、リミックス、そしてゼロから音楽を作るという機会を増やしていきたいと思っています。2019年リリースしたスマホ/PC アプリ「ZENBEATS」はこうした思いの取組みの一つです。これを通じて音楽制作の楽しみを発見してもらい、次のステップとして、ここにあるJUPITER-XmやFANTOMなどに興味を持ってもらい、一人でも多く齊藤さんのようなアーテイストを目指して言ってくれれば嬉しいですね。そのためにZENBEATSとJUPITER-XmやFANTOMは音色の互換性などをもたせてシームレスにデータのやり取りができるようになっています。

さらには、先程のお話でもあったようにネット経由の音楽データの共有においても、オーディオデータだけでなく、MIDIベースで音色や演奏データの共有などが実現したらまた新しいネットワーク経由のクリエイティブが生まれていくのではないかとも考えています。

スマホやシンセが24時間365日シームレスに繋がることで、インスピレーションをすぐに曲にできるできる環境を整えることができたら素晴らしいのではないでしょうか?

齊藤:9月にリリースしたアコースティックバージョンの「Waterfall -Not Alone」ですが、実はヴォーカルはiPhoneで録っているんです。将来的、すでに現在でも中学生くらいの子がスマホを使って新しい音楽を生み出していくようになるのではないでしょうか。

蓑輪:ネット技術の進歩で、世界中の人たちと円滑にコラボレーションが可能になっていくと、オーディオデータの共有だけではなく、たとえばMIDIデータレベルの共有から生まれる可能性も計り知れないものがあります。たとえば同じ演奏データでも扱う人によって音色だけでなくニュアンスを変えることも可能になります。お互いの演奏データに触発されながら共同作業の中で新しいものを生み出すきっかけにもなるのではないでしょうか。

坂上:なんだか漫画家と編集者の関係を思い出したのですが、漫画の編集者の中には漫画家と同等のクリエイティビティーを生み出す存在になっておられる方もいらっしゃいますよね。

蓑輪:そういった面もあるかもしれません。コミュニケーションの手段としてのネットを介してお互いの感性が昇華されていく、というかネットの存在を意識する必要もなくなっていくのではないでしょうか。

齊藤:このコロナ禍で感じたことは、ネットだからコミュニケーションがしにくいという感覚はないですね。文章では伝わらないこともあるし逆に携帯のほうが良いケースもありますし、単に選択肢が増えただけと思いますね。媒体が変わればこちらが適応するばよいだけの話のような気がします。

蓑輪:もしかしたら若い方ほどこの状況に適応してたのかもしれませんね。フェイストゥーフェイスで合わなくてはいけないんだと思ってた方がコロナ禍でネットでやらざるを得なくなったわけですが、それでコミュニケーションの選択肢が広がったのかもしれません。音楽の世界でも同様で、それを通じて新しい音楽が生まれていくと嬉しいですね。製品として生み出した楽器が長い時間を経て新しい音楽ジャンルを生むことがあります。たとえば弊社ではTR-808/909(リズムマシン)の場合、最初に作ったときはまさか808がヒップホップで、909がハウスミュージックを生むなんて誰も考えていなかったわけです。先程の坂上さんがおっしゃった漫画家と編集者の関係のようにミュージシャンが手にした途端、違った解釈で違った音楽が生まれるというこれはまさにメーカー冥利に尽きる嬉しいハプニングだと思います。我々は「機械」ではなく「楽器」を作っているんだというポリシーが報われた瞬間ですね。

TR-808

Roland TR-808 drum machine.jpg

オランダ語版ウィキペディアEriqさん, CC 表示-継承 3.0, リンクによる

TR-909

Tr-909.jpg

CC 表示-継承 3.0, リンク

齊藤:僕はローランドの楽器には他メーカーにはない「ファッショナブル性=おしゃれ感」のDNAを感じるんです。自分の求めているサウンドをたった1音で実現してくれるような・・自分の所有しているシンセにローランド製のものが多いのはそのせいかもしれませんね。

蓑輪:TR-808/909/303といった楽器が生み出したカルチャーは、時間をかけてまさにユーザーとメーカーの間の「共創」によって生み出された気がします。TB-303(ベースシンセサイザー:Acidハウスを生んだといわれる楽器) などは発売当初は全く売れず販売完了してますから(笑)それが後年あんなことに・・そういえば齊藤さんにも購入いただいたJD-800に至っては来年で発売30周年ですが、再評価されているのはここ数年なのではないかと思います。

坂上:TB-303は当時あまりにも売れなくて、営業マンが東京湾に捨てたという都市伝説を聴いたことがあります(笑)真偽の程は定かではありませんが・・

齊藤:ファッションもしかりで、30年位の流行サイクルみたいなのがあるんじゃないでしょうか。最近手掛けた曲でもキラキラ感が欲しくてJD-800のプリセットをそのまま使ったりしているんです。JDが再評価されているのは時代が求める必然のような気もするんです。

JD-800

Roland JD-800.jpg

——せっかくなので蓑輪さんのお持ちいただいたシンセに関してももう少々お話しいただけますか?

蓑輪:これらのシンセは、現代の製品に過去へのオマージュをどう入れ込んでいくか?がテーマとなっています。ストイックにデジタルで再現するというチャレンジもありますが、過去の技術と組み合わせることによって生まれるものもあるので、様々なアプローチを試みています。JUPITER-XmにはJUPITER、JUNO、JX、SH、XV、RDという個別のレジェンド機種のエンジンを搭載しています。それぞれはオリジナル機種の「ふるまい」をモデリングしており、たとえばオリジナルのJUPITERは一台一台すべて音が微妙に異なりますし経年による音色変化なども起きるのですが、それをデジタル技術で再現することも可能です。

こうしたモデル同士を組み合わせる事によって新たなサウンドを生み出すことができます。またこれらのモデルはRoland Cloudというサービス経由で拡張していくことも可能な仕様になっています。他にもAX-EDGERD-88といった異なるインターフェースをもつ楽器間で音色互換性をもたせています。

フラッグシップシンセサイザーであるFANTOMに関しては、搭載しているZEN-Coreエンジン個数がまったく異なり、非常にパワフルなスペックです。またV-PIANOやSuperNATURALといったエンジンや、アナログフィルターも搭載しているので、同じサウンドエンジンを選択しても異なるサウンドを生み出すことができるのです。これらが古いものと新しいものの良さを組み合わせることで生まれる可能性を追求した現在のローランドのシンセのラインナップです。

坂上:2019年末に三木さん(ローランドCEO)と対談させていただいたとき「Chaising the Ghost(ゴーストを追いかける)ことはせずゲームチェンジャーを目指したい」とおっしゃったのが印象に残っています。単に復刻版のアナログシンセを作るということしないということですね。(詳しくは下記インタビュー記事を参照ください)

アナログにはアナログの良さはあるけれども、あくまでデジタル技術で新しいものを追求していくというポリシーなんだと理解したんですが・・・

【関連記事】ローランド 三木純一社長 JUPITER-X(Xm) インタビュー~ZEN-Coreについても聞いてみた

蓑輪:そこに新しいものを生み出すチャンスがあるのではないかと考えているんですね。すぐには評価されないかもしれないけれど、30年経っても恥ずかしくないもの、ちゃんと評価されるものを作って行きたいですね。

坂上:でも30年は長いですね・・(笑)

齊藤:ローランドさんの話は十分に理解しました。でも僕は1機種だけで良いのでやっぱり本気のアナログシンセを出してほしいです(笑)受注生産でもいいですからぜひお願いします!!

——蓑輪さんが困った顔してるので最後の話題に移りましょう(笑)。楽器販売店の視点からということで坂上さんお願いします。

坂上:自分は楽器を販売するというのは学生時代のバイトのときにしか経験がないので大きなことは言えないのですが(笑)コロナ禍においてますますリアル店舗の存在意義が問われるじゃないかと思います。まず現状として、どこもそうだと思いますが弊社もオンラインストアの売上や、デジランドのPVなどは激増しました。テレワークの普及もあり、オーディオ・インターフェースやマイクなど、いわゆる配信関連機器は異常とも言える売れ行きで現在も品薄状態が継続しています。何でもかんでもYouTubeやネットで情報を得ることができる現代においても、やはりシンセの鍵盤のタッチであるとか、ベンダーのフィーリングは実際に触ってみなければわかりません。また齊藤さんも仰っていた店舗スタッフの信頼関係というのもとても大事になってきます。島村楽器には「デジランドショップ」というデジタル機器に詳しいスタッフが勤務している店舗がありまして、(コロナ禍において)店舗は限られますが、新しい試みとしてZOOMを使った販売相談や、各種ウェビナーなどを実施しています。ウェビナーに関しては、ごく限られた人数による店舗からのイベント配信を自宅だけでなく、他店舗でも閲覧できるようにしたりできるように随時アップデートしており、店舗を中心にウェブから情報を発信していくという試みを勧めています。もちろんデジランドでも最新の情報やソリューションを引き続き発信していきたいと思います。

リアル店舗に期待すること

——そんな中、皆さんがこれからのリアル店舗に期待することはありますか?

蓑輪:楽器は実際に触って試していただくことは非常に大事ですし自分の楽器原体験が「楽器店のメーカーセミナー」だったこともあり、ユーザーがメーカーの方とダイレクトに触れ合える体験というのは何ものにも代えがたいと思っています。また「メーカさんはこう言ってるけど、あの店員さんは違うこと言っている」といった多面評価を得られる貴重な場所でもあると思います。

齊藤:音楽は聞くものでもあるけど、楽器は触るものなんだと感じます。シンセの場合でも、奏者がインプットしたものに対しフィードバックされたアウトプットを体感するという行為はリアルならではだと思います。自分の機材もオークションで買ったものもありますが、大部分がリアル店舗で試して入手したものばかりなんです。今は個人にファンが付く時代だと思います。それはアーティスト、インフルエンサー、学生さんといった区別はありません。楽器店の店員さんも同じで、僕の機材環境を知り尽くしてくれている人が勧めてくれる機材には信頼を置けます。どの集団に属しているかは関係なく個人として繋がりたいというスタッフさんがいる場所になってほしいですね。

蓑輪:非常に共感します。自分もそれを求めて楽器店に通ってましたから。

齊藤:楽器店のカリスマスタッフさんはミュージシャンの人生を左右する存在で、やはりそれは他の業種とはちょっと違う気がするんですよね。くれぐれも皆さんにそうお伝えください!(笑)

——我々は責任重大ですね(笑)でも本当にありがたいお言葉です!最後に皆さんから特に若い方に対してメッセージをお願いします。

齊藤:一人で考え込んでも、できないことはできません。僕もそうですが、まず人に聞くのが良いと思います。SNSでも親切なミュージシャンの方も多いですし、僕も聞かれたら真摯にお答えします。躊躇せずにぜひ聞いてみてください!

蓑輪:いまだに齊藤さんの購入されたJUPITER-8の価格が気になって仕方ないんですが(笑)こうしたビンテージシンセはまるで美術品のようになっていて、なかなか皆さんも触る機会がないと思います。我々メーカーとしてはとにかく敷居を下げて、少しでも多くの方に音楽制作を体験していただけるようにスマホアプリや、Roland Cloudのようなサービスを提供させていただいています。最初は無料ですからまずはぜひ試していただいて音楽の楽しさを体感していただければ嬉しいですね。

坂上:ここ数年YouTubeなどでやたら天才キッズが可視化されてきた印象ですが、これは今までそういう人がいなかったんではなくで、単に私が知らなかっただけなんだと思います。スマホを使ってだれでも世界中に発信しできるインフラが用意されているわけですから、いままでやってなかった人はどんどん発信していけば良いんじゃないでしょうか?そのために楽器店やスタッフはぜひお手伝いをさせていただきたいと思うので、ぜひお店に足を運んでいただきたいと思います!デジランドも読んでください〜

——本日は本当にありがとうございました!


Roland Cloud / ZENOLOGY Pro 解説

シンセサイザー新製品一覧は ⇒ こちら

「synthesizer」タグの関連記事

↑ページトップ

DTM安心サポート