【作曲少女Q】その7「モチベーションがまったく上がらない時の話」

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番外短編集『作曲少女~曲を作れるようになった私が気になったことの話~』

『モチベーションがまったく上がらない時の話』

(誰か助けてくれ……)

状況をまず説明しよう。事態は結構深刻だ。あたしこと黒白珠美は現役女子高生でありながらプロの作曲家として作曲の仕事をしていたりするわけだけど、そもそも学生をしながら仕事をするなんてわりと無茶なんだよ。だってそうだろ? 女子高生といえばあれだよほら、恋に部活に大忙し☆みたいなトコあるし。まぁあたしは恋もしていなければ部活もしていないし、ハッキリ言って時間ならうなるほどあったんだけど。

それでもこの状況、『締め切り3時間前なのに一切曲ができていない』という状況になってしまったのは、あたしがダメ人間だからなんだろうか。

(うぐぐ……なぜだ……なぜ動かないんだあたしの体……)

ベッドにうつ伏せに寝転んで、微動だにしないあたしの体。この状態になってかれこれ半日が経過している。この姿勢で言っても説得力がないかもしれないけど、もちろん仕事をなめてるつもりは毛頭ない。けど、どうしても、どうしてもなぜかあらゆるモチベーションがまったく上がらないっていうそういう瞬間が、ごく稀にある。締め切りにさえぶつからなければどうってことない瞬間だけど、最悪なことに、まさに今、その事故的なことが起こっていた。

(うおおおおお……動け! 動け! 動いてよ! 今動かなきゃ、今やらなきゃ、みんな死んじゃうんだ! もうそんなの嫌なんだよ! だから……動いてよ!)

……ああ、ダメだ。全然ダメだ。タマミゲリオン初号機はうんともすんとも動かない。なんか目がキュピーンってなって鷺巣詩郎先生のあの素晴らしいBGMが鳴って、そしてあたし(初号機)の体が奇跡的に動きだして巨大な敵をなぎ倒すっていう可能性に少しだけ期待したけど、こりゃダメだ……。

それにしてもあれだなぁ、あのアニメのBGMってマジでキャラクター強いよなぁ。曲が鳴り始めたらなんかもうあの作品でしかないもんなぁ。ああいう曲が作りたい。

……お、いいぞ、その調子だ珠美。悪ふざけで言ってみた冗談だったけど、思わぬ収穫。そうだ、そうやって今までグッときたもののことを思い出して、そしてモチベーションを上げるんだ。そうだよ、あのBGMは実に良かった! 戦闘シーンの曲ももちろんだけど日常シーンの曲も最高だったね! しかしこの前映画館で観たあの怪獣映画もヤバかったなぁ。なんか観てたら動悸してきたもん。映画館であんなことになったの生まれて初めてだよ。とんでもないものを観せられてしまったなぁ。うーむ。いやはや。

(どうだ、動くか……)

それでも体は動かない。あたしの体は、まるでベッドに縫い付けられているかのように微動だにしない。枕に鼻を埋めたままのあたしは、どうにかして動く方法を考える。しかしなぜだ。なぜこんなことになってしまうんだ……。

「音楽に飽きたとかそういうわけではまったくない。のに、なぜだ」

うつ伏せから仰向けに寝返りをうって、部屋の天井を見上げながらつぶやく。音楽は好きだ。作曲も好きだ。できれば年がら年中、時間の許す限りやっていたい。その言葉に嘘はない。……はずなのに、なぜかまったくモチベーションが上がらない。実に不思議だ。逆に悟りみたいなものを感じてしまうくらいだ。

「とはいえだ珠美、あと3時間で1曲仕上げるというのは天変地異が起こっても必ずやり遂げなきゃいけないことだ。そう考えると、事態は結構ギリギリだぞ」

もう一言、自分に向けてつぶやいてみる。先生から頼まれてるのはゲームのBGMを1曲。そう、たった1曲、尺は60秒だ。方向性を決めてメロを出してベースを当ててアレンジをある程度まで詰める、そのすべての工程をまともな品質でやろうと思ったら3時間はガチでギリギリだ。ここで締め切りをぶっちぎると色んな意味で終わる。頼んでくれてる信頼関係も終わるし、あたし自身も終わるし、何よりこのゲームのクオリティに対する忠誠が終わってしまう。

そんな、なにがなんでも仕上げなきゃいけないというこの圧倒的なピンチにもかかわらず、それでも動かないあたしの体。一体どうなってしまったんだ。どうすればいい……。

「……みんなこういう時どうしてるんだろう……」

再び寝返りをうって、枕にアゴを乗せながら考える。でも、あたしのこの境遇を分かち合える仲間は今のところいない。これが女子高生作曲家のツラいところだ。作曲家の友達なんてまずいない。唯一いるのは私が作曲を教わった先生くらいだけど、まさか先生に「やる気が出ません」なんてことを相談するのはヤブヘビもいいところだ。でもだからといってほかに誰か相談に乗ってくれる人がいるわけでもないし……いや……。

それで解決方法が見つかると思うわけじゃないけど、でも、もしかしたら何かきっかけがつかめるかもしれない。そんな、藁(わら)をもすがる気持ちであたしはいろはに電話をかける――。

*~*~*~*~*~*~*

『もしもし珠ちゃん? 昨日はありがとう! 今、絶賛作曲中だよ!』

「おお、そりゃよかった」

『珠ちゃんの方はどう?』

「んー、ぼちぼちって感じだ」

『そうなんだぁ。さすがだなぁ。4時間で1曲作るなんて、私からしたらやっぱり信じられない速さだよ~』

「それが作曲家という仕事だからな。エヘン」

まぁ、あと3時間しかないんだけどな。エヘンとか言ってる場合じゃない。

「ところでいろは、つかぬことを聞くんだけどさ、たとえばいろはがあたしからマフラー作りを頼まれてたとして、でもなぜかそういう気分じゃなかった時って、どうする? しかも明日までに作らなきゃいけないみたいな」

『え? マフラー欲しいの? どんなのがいい?』

「いや、欲しいわけじゃないんだけど」

『あ、そう……』

「あー、いや、欲しい。すごく欲しいなやっぱり。うん、欲しくてヤバい! マフラーのことしか考えてなかった。あたしに似合いそうなやつ作ってほしいなぁ~!」

『ほんと!? じゃあ作るね♪』

「あー、でな、それでなんだよ、たとえばなんだけど、どうしてもやる気が出ない時っていろははどうしてる?」

『え? やる気満々だよ! 珠ちゃんだったらどんなのが似合うかな~♪』

おお……いろはめ、さては天然だな。聞きたいことに全然たどり着かない……。

「じゃなくてさ、ほら、あるだろ? 好きなことでも、なぜかやる気が出ない、でもいついつまでにやらなきゃいけないみたいなタイミング」

『んー、あるかなぁ』

「え、ない?」

『そう言われてみれば、たしかに、なくはない気がするけど。お父さんにしょっちゅうマフラー頼まれるんだけど、それはたまにめんどくさくてギリギリまでやらなかったりするかなぁ』

お父さんに頼まれてるのか。しかし今の言葉はお父さんが聞いたらきっと悲しむぞいろは。

「うんうん、そういう場合だ。そういう時って、いろはならどうするんだ?」

『あんまり考えないかなぁ』

……?

「……あんまり考えない? って、どういうことだ?」

『いや、やる気って、やってる途中で出てくるみたいなとこあるじゃない? 特にお裁縫とか編み物って、最初の一針目って別に楽しくないんだけど、やってる途中でだんだんこう、なんかゾーンみたいな? 編み物ハイみたいなそういう感じになってくるから、最初からやる気満々っていうのはあんまりないんだ』

「……ほうほう」

『だからまぁ……どうしてもやる気がないけど間に合わせなきゃいけないっていうときは、”とりあえず一針入れる”かな』

「とりあえず一針入れる……?」

『うん。全部本気で仕上げる気でやるとちょっと気分的に重いから、あんまり考えずにボケ~ッと準備してなんとなく最初の一針を入れちゃうんだ。そしたらなんか、あとは流れでグイグイ行くっていうか』

「…………」

『珠ちゃん?』

「いや、ありがとう。すんごい参考になったよ」

『え? なんで?』

「あはは! いろはって天然だよな~」

『え!? なんで!?』

「まぁそれはいいや、さすがいろはだ。なんでもないよ。とにかく助かった」

『……え、えーっと……? なんだかよくわかんないけど、ほめられてる……のかな?』

「おう、もちろんだ。まぁこの話はまた今度するよ。じゃあ、あたしは締め切りがヤバいからこのへんで! ありがとう! マフラー楽しみにしてるぞ!」

『うん! 今日中に作っちゃうね!』

「じゃあまた明日」

《通話終了》

電話を切って、改めて考える。

「……一針だけ入れる、か」

あいかわらず、とんでもないスキルだ。作ったことないからわかんないけど、マフラーって何週間とかかかって作るもんなんじゃないのか? 明日までにって、そんなすぐ作れるようなもんじゃないだろ。驚異的な速度だ。つくづく、自分にあって当たり前の能力っていうのは自分では気づけないものなんだな。

「『一針だけ入れる』……つまりこれを作曲に置き換えると『ワンフレーズだけ作る』……だな」

あたしは、できるだけ何も考えず、心を無にしてパソコンの前に座る。そして、一切何も考えずにDAWを立ち上げて、何も考えずにトラックに楽器をアサインしていく。そして、小さくつぶやいた。

「……ワンフレーズだけ作る」

ワンフレーズだけ作る。それ以上は作らないくらいのつもりで、ワンフレーズだけ。

なるほどな、心の準備をするっていうのは、モチベーションが低いときはかえって逆効果だったのかもしれない。準備をすればするほど、体はどんどん重くなる。やる気は、やってるうちに出てくる。

まったく、いろはの言う通りだ。思い返せば、やる気が出るのを待っていてやる気が出たことなんて今まで一度だってなかった気がする。いろはってやつはふいに本質的なんだよな。自覚がないあたり、いろはっぽいとも思うけど。

そして、ワンフレーズがあたしの指先から生まれる。ベースをつけてハーモニーをつけて、ワンフレーズがひとまず仕上がった。

「ワンフレーズ作った……あー、あーーー」

行ける。この流れで一気に行く。必要なのは、このほんの少しのスタートダッシュだったんだ。

それから3時間後、あたしは未曾有のピンチを脱した。

「どぉおおおおおおおよっしゃああああああああ!! 名曲だな!! あぶないところだったぁああああああ! さすがあたしだ! やればできる子だな!!」

なんて、言ってはみたけど今回はすっかり助けられてしまった。明日はいろはに、なんかおいしいものでもご馳走しなきゃな。なんのことかはきっとわからないんだろうけど。

今日はここまで!

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