弓の馬毛を食べる『毛喰い虫』について 【弦楽器工房ブログ】
皆様、こんにちは。
弦楽器技術スタッフの高瀬です。
九州全域の島村楽器店舗受付の弦楽器修理を行っていますので、各店から送られてくるお客様の様々な名前を日々目にします。
初めて見る苗字を目にする機会もあり、色々と楽しいです。
今現在、「松」から始まる苗字のお客様の楽器が手元に4挺ありまして。
ふとした時に「…今日作業を進めるのは、松何さんの楽器…?」「どの楽器が松何さん…?」
と混乱してしまいます。
近々「松本さん、松井さん」姓のお客様にご来店いただけると、何かコンプリートした気分になれそうです。
本日は
- 毛替え
- リタッチ
- 革巻き
を行わせていただきました。
ご来店いただき、ありがとうございます。
まず最初にお伝えしますが、生きた虫の画像は出てきませんので、虫が苦手な方も安心してご覧になってください。
※ぼやけさせて撮った「抜け殻」の画像は1枚載せてあります
弓の馬毛を食べる『毛喰い虫』
『毛喰い虫』と聞いて、何のことだか分からない方が多いかもしれません。
毛喰い虫とはカツオブシムシのことを指し、実は皆様にもお馴染みの虫です。
洋服をクローゼットやタンスで保管して、久々に出したら虫食いの穴が出来ていた…という経験はないでしょうか。
その犯人がカツオブシムシです。
洋服を食べる虫がなぜ弦楽器の話に出るかと言いますと、
なんとカツオブシムシは弓の馬毛も食べてしまいます。
カツオブシムシによる弓毛の被害は決して珍しい事ではなく、当工房だけでもこの半年間だけで19件以上、被害にあった弓達を見てきています。
今回はカツオブシムシについて、そして馬毛を虫から守る方法と対策についてご紹介していきます。
カツオブシムシについて
『ヒメカツオブシムシ』と『ヒメマルカツオブシムシ』
実は、カツオブシムシと呼ばれる虫の中にも数種類存在し、馬毛を食べている虫は
『ヒメカツオブシムシ』と『ヒメマルカツオブシムシ』
のどちらかが多いです。
インターネットで調べていただくと画像が出てきますが、虫が苦手な方はご注意ください。
ちなみに、インターネット上だと『ヒメカツオブシムシ』と『ヒメマルカツオブシムシ』の画像がごちゃ混ぜになっていることが多いので、参考にならない場合もあります。
ヒメカツオブシムシとヒメマルカツオブシムシは名前が似ているので、似た種類の虫…
と思うかもしれませんが、厳密には異なります。
- ヒメカツオブシムシ 学名:Attagenus japonicus
- ヒメマルカツオブシムシ 学名:Anthrenus verbasci
このように、学名からして異なります。
見た目や大きさは若干異なりますが、どちらの幼虫も『動物性繊維を主食にする』という特徴は同じです。
今まで多くの虫食い被害を見てきましたが、半々位の割合でどちらかがケース内に巣くっています。
ひどい状態だと、ヒメマルカツオブシムシとヒメカツオブシムシが共存しているケースも見たことがあります。
カツオブシムシの痕跡、見分け方
まず、こちらの画像をご覧ください。
馬毛の先端が細くなっていると思います。
この馬毛の切れ方が、典型的なカツオブシムシによる被害の痕跡です。
通常使用でも馬毛が切れることはありますが、毛の断面は中々このようにはなりません。
さらに、通常なら弓の片側(プレイングサイド)からしか切れませんが、毛喰い虫にかかると全体的に、満遍なく切れます。
上画像のような状態に加え、下画像のような『抜け殻』を発見した場合は間違いなくカツオブシムシがケース内に生息しています。
※画像をぼやけさせて撮影していますが、苦手な方は目を瞑ってスクロールしてください
抜け殻の大きさは大体3~6mm程度のものが多いです。
ケース内に虫が発生する原因
なぜカツオブシムシが楽器ケース内に発生するのか。
主な原因は、ケースのクローゼット内での長期保管です。
毛喰い虫の被害にあったお客様には可能な限り「保管年数と保管場所」をお聞きしていますが、ほとんどの方が
- 保管年数 1~15年
- 保管場所 クローゼット、押し入れ
このように長期保管をしています。
『カツオブシムシが既に生息している可能性が最も高い「クローゼット、押し入れ」内で、楽器を「長期間保管」する』
これが最大の原因ではないかと思います。
カツオブシムシの屋内への侵入経路は、主に「洗濯物を干している時に、衣類に潜り込む」「外出時に、着ている衣類へ付着する」なので、その衣類を保管しているクローゼットは絶好の繫殖場となります。
そのクローゼット内に、防虫処理を施していない楽器ケースを入れると…
多少時間はかかりますが、侵入されてしまいます。
さらに楽器ケース内は布で覆われているので、カツオブシムシにとって卵も産み付けやすく生息しやすい環境になります。
ご飯となる馬毛も食べきらないほど完備されているので、至れり尽くせりな豪邸ですね。
対策と対処法
カツオブシムシの対策
問題点は「クローゼット、押し入れへの長期保管」なので、1週間(1か月)に1度は必ず弾く、という方は特に気にしなくても良いです。
弾かなくなった分数ヴァイオリンがある、怪我や海外出張でしばらく楽器が弾けない、新しく楽器を買ったので以前の楽器は弾くことがない…
このような場合、どうしても楽器の長期保管が必要になります。
なので、毛喰い虫の被害にあわない保管の対策として
- なるべく衣類と一緒に保管しない(押し入れ等に入れず、かつ直射日光の当たらない所に出しておく)
- 防虫剤を使用する
- 押し入れにしまう場合は、適度に換気し、湿度が溜まらないようにする、常に清潔にする
- 数か月に1度でも良いので、楽器ケースを開ける
この4つのどれかを気を付けてみてください。
カツオブシムシは湿気や不衛生な環境を好むので、これらのことに気を付ければ虫に侵入される確率がグッと抑えられます。
被害にあった場合の対処法
長期保管していた楽器を久々に出して、今回ご紹介したような被害に遭われた場合…
楽器ケースは諦めて、新しく買い替えて下さい。
というのも、先ほどご説明した通り、カツオブシムシはケース内の布地に卵を産み付けている可能性が高いです。
いくら念入りに洗浄、処理したとしても、100%安全とは言い切れません。
最悪の場合、また馬毛が食べられてしまいます。
以前お会いしたお客様は、ケースに虫が潜んでいると知らずに毛替えを行い、僅か2日で毛がボロボロにされてしまったそうです。
なので、虫食い被害に遭った場合は
- ケースは袋に入れて破棄し、ケースを新しく買い替える
- 毛替えが必ず必要なので、工房へ預ける
以上のことをお勧めします。
ちなみに、お客様のケースから逃げたカツオブシムシが工房内で繁殖すると毛替え用の馬毛が食べられてしまうので…
もしお客様でカツオブシムシの存在を把握している場合は、(当工房に限らず)事前に電話してから修理に出していただけると大変助かります!
本体と弓の殺虫処理は、気になるようでしたら行ってください。
ただし、殺虫スプレーなどの液体系を直接楽器に噴射すると楽器(ニス)にどのような影響が出るか分かりませんので…煙で燻す系の方が安全かと思われます(あくまで自己責任でお願いします)。
最後に
どうしても今のケースを使いたい、思い入れがある…という場合は、こちらの殺虫スプレー「虫コロリアース(アース製薬株式会社)」をケース内に噴射することをお勧めします。
カツオブシムシは殺虫剤が効きにくいという特性があり厄介なのですが、「ピレスロイド系」が含まれている殺虫剤は効果があるとされています。
虫コロリアースには「ピレスロイド系」が含まれているので、カツオブシムシにも効果があるでしょう。
ただし、これにより卵まで綺麗に処理できるとは言い切れませんので、不安な方は自己責任でケースを「水で洗浄」してみてください。
カツオブシムシは水に弱いので、さらに駆除率が上がります。
(乾燥方法やシワ処理など、特に革を使用しているケースは大変厄介なので、あくまでも最終手段としてのご提案です)
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弦楽器技術者の高瀬です。楽器の調子が悪い、音をもっと良くしたいと思いましたら、ぜひご来店ください。皆さまをお待ちしています!