番外短編集『作曲少女~曲を作れるようになった私が気になったことの話~』
『作曲のプロになる流れの話』
「私さ、黒白さんにずっと聞いてみたかったんだ! どうやって作曲家になったの?」
「え、エーット……? ソレハ……」
お昼休み。今日は珍しく、私と珠ちゃんのふたりきりではない。3人で囲んだ机には、私、珠ちゃん、そしてクラスメイトで軽音部の、佐々木尚子ちゃんがいる。珠ちゃんは、慣れないクラスメイトとの(強制的な)お喋りになんだか緊張でコチコチになってる。笑っちゃダメだけど、ちょっと可笑しいかも。
「私、ギターでいつかプロになりたいとか思っちゃってるんだけどさ、現役高校生でプロやってる黒白さんってヤバイなーってずっと思ってたんだ。でもなんとなーく話しかけづらくて……あはは!」
「あ、あはは、ソウナンダー……」
容姿端麗頭脳明晰、奇想天外天下無敵、天才女子高生作曲家であるところの私の友達、珠ちゃん。音楽なんてまったくやったことなかったこの私に、たった14日で作曲を教えて、本当に1曲仕上げさせるという凄まじい能力を持っている彼女は、どういうわけか人見知りが激しいというか、コミュニケーション能力に若干の難がある。たとえば、クラスメイトとのなんとなくの会話とか、ちょっとしたフザケ合いとか、そういうのには一切参加しない。いつも教室では大きな「人避けヘッドホン」をつけて、退屈そうというか眠そうな顔でボーッとひとりでいる。でも珠ちゃんの実際の人柄は、話してみれば全然楽しいし、ちょっとおかしいくらい行動力があるタイプだし、学校でのダウナーなイメージは私からしてみればむしろ違和感だった。
――というわけで。珠ちゃんと気が合いそうな人を私がコーディネートして、普通にクラスに溶け込む大作戦を私は決行した。お相手は、さっきもいったけど軽音部のギタリスト、尚ちゃん。私もすごい仲良しってわけじゃないんだけど、面識は普通にある楽しいクラスメイト。
「え、えっと、作曲家のなりかた……だっけ? そ、そだなー。う、運が良かっただけじゃないかなー」
「ええ~。そういうもんなの?」
「あー、えーット、多分」
あれ? なんか変? 珠ちゃんにしては歯切れが悪いというか……。
「珠ちゃん、いつもの感じで話せばいいと思うけど?」
「いつものカンジ? あっしはいつもこんな感じだぞい」
「あはは! 黒白さんなんかおもしろいね~」
「いや、待って尚ちゃん、いつもはこうじゃないんだよ? もっとこう、キリッとした感じでなんでもビシッと受け答えするっていうか……そうだ、ねぇ珠ちゃん、作曲のコツの話とかしてよ」
「え、え、作曲のコツ!? あーっ。こう、うーんっていろいろ考えてアッてなって、ぐぐぐーって書くカンジなんだけど……あれ? そういうこと? かな?」
え、ホントに言ってるの? なにこの語彙力。私よりひどくない?
「あはは。やっぱり黒白さんってあれだね、天才ってカンジだぁ~」
「違うの尚ちゃん! もう、どうしたの珠ちゃん……? もっと普通に話せばいいのに……」
「だ、大丈夫だいろは。う~ん……え、えっと……佐々木さんはその……カレー好き?」
「うん、好きだよ?」
「あたしもカレー好き」
「…………」
「えっと……あ、ちが……、カ、カレーといえばあれだよねー、エンケンの《カレーライス》っていい曲だよね~みたいな……はは。違うか~……」
「……」
「……佐々木さん、遠藤賢司の……《カレーライス》……知ってる?」
「あー、ごめん、それは知らないかも」
「そか。間違えた……じゃあ今のナシで、えっと……」
……凄い。逆に凄い。珠ちゃん、会話下手すぎじゃない? え、こんなに下手なの?
「…………いろはぁ……」
珠ちゃんが、チワワみたいな顔で私に助けを求めてくる。何この状況。
「えっと、ごめんね尚ちゃん、珠ちゃんあんまり話すの上手じゃないかも……?」
「あはは、いいって。天才ってみんなこんな感じだもんね」
*~*~*~*~*~*~*
「……はぁ。ひどい目にあった……」
「いや、まさかあそこまでとは……私もちょっと読みが甘かったよ……」
放課後、学校の側の公園のベンチでホット紅茶を飲みながら、私と珠ちゃんはくつろいでいる。1月も終わり頃のキンと冷えた風が、逆にちょっと心地いい。
「ふぅ。しかしあれだな。でも、あたしの予定では違ったんだよ。エンケンの《カレーライス》を皮切りに、日本語ロックの話とかにドンドン接続して音楽トークで盛り上がろうと思ったんだけど、音楽ってのは、たとえばロックが好きって一口に言っても、網羅してるエリアはそれぞれかなり違うから話が合わないってことも、ままあるよな」
「ふたりになるとこんなに饒舌なのに、なんであんなことになるんだろうね」
「ぐ……」
普段、私と話してる時は女子高生らしからぬ悟りきったことを次々に言う珠ちゃんなのに、今日の珠ちゃんはむしろ女子高生未満だった。得手不得手がそれぞれあるとはいえ、こんなにも苦手だったりするんだなぁ……。
「……やっぱり、さっきみたいなの、やらなきゃダメなのか……?」
「う~ん……」
珠ちゃんが、心底嫌そうなトーンで言う。なんか、ここまで嫌そうだと無理させるのもちょっとアレだなと思う。でも、それじゃあ将来きっと苦労するだろうし、余計なお世話かもしれないけど珠ちゃんのためにもそこはちょっと、手伝ってあげられることは手伝ってあげたほうがいいのかも。でも、難しいなぁ……。元気ない珠ちゃんって、なんだか見てるとこっちが申し訳なくなるみたいな感じあるし……。
「そうだ、ところで珠ちゃん、さっきの尚ちゃんの質問だけど、そういえば私も気になってたんだ。珠ちゃんって、どうやって作曲家のプロになったの?」
「え? そんなの気になる?」
「気になる気になる。普通に考えてやっぱりそれって凄すぎるし、何がどうなったらそうなるのか、私には想像もつかないっていうか……」
「そうか」
珠ちゃんはホット紅茶をグイッと飲みつつ、白い息を吐いて空を見る。ちょっとだけ雪がチラついてる冬の公園。珠ちゃんは、頭の中から古い服を探してくるように、しばらくボーッとしてから話し出した。
「はじめはさ、ただ耳コピしてただけだったんだよ。これはうちの父親があたしに与えたオモチャだったんだけどさ、あたし、小さい頃携帯電話に憧れてて」
「あー、わかる。なんか大人が使ってるものって、憧れたよね」
「それでさ、パパがあたしにくれたのが、自分が以前使ってた携帯だったんだ」
「ガラケー?」
「うん。で、それで携帯ゴッコみたいな感じで遊んでたんだけど、その携帯に『着メロ作成機能』っていうのがあって……知ってる?」
「うん。昔の携帯って電子音の着信音だったんだよね」
「そう。その携帯では、4和音の短いメロディが作れる感じだったんだ。それで小学生のあたしは、音楽のこととか全然わかってないけどいろいろ耳コピして遊んでた」
「……なるほど」
珠ちゃんの音楽的な素養は、このあたりから始まってたのか……。
「実際さ、譜面なんか全然読めなかったし、そもそもその携帯の音表記がアルファベットで、ドレミじゃなかったりしたのとか、今から考えたらむしろよくできてるなって感じだけど、当時のあたしには『なんかそういうの』くらいな感じだったんだよ。完全に、耳だけを頼りに耳コピをして、ゲームの曲とか流行りのポップスとか、映画音楽とか、良いなと思った曲は耳コピして、それをパパに聴かせたりしてたな。上手にできると誰かに聴いてもらいたくて、友達とかにも聴かせたりしたっけ」
「なんか、私にもそういうのあったかも。あんまり覚えてないけど」
「それで、まぁ別に音楽が好きかとかは考えたこともなくて、中学の頃はテニスやったりとかしてさ。結局それは続かなかったけど。そんなある日、押入れの奥のオモチャ箱で見つけたのが、その携帯だったんだ。中には、あたしが耳コピした着メロが何十曲も入ってた」
「…………」
「もしかしたら、あたしって音楽が好きなのかもしれないって、そのときに思ったんだ。本当に好きなものって、実は小学生くらいの頃にもうハッキリしてるのかもしれないなって思うよ。その純粋な動機を見つけることができてからは、転がるようにどんどん作曲にのめりこんでいった。お年玉全部を使って作曲ソフトを買って、もう朝から晩まで、理論の理の字も知らないのにとにかく作って、それこそ、いろはがやった失敗と同じか、それよりたくさんの失敗を繰り返して、何曲も作ったんだ。その曲の出来は、正直いろはがこの前初めて作った曲より全然ダメだったけど、それでも関係なく作り続けたんだよな。出来の悪さはわかってたけど、作ってる時間が楽しくて、それだけで作り続けることができた」
「……さすがのガッツだね」
「高校受験の頃だっけな。もっと上手に曲を作れるようになりたいと思って、プロの作曲家の先生にメールしたんだ」
「……そういえば、そんなこと言ってたね」
「うん。門前払いにされるかと思ったけど、先生は意外なくらい親身にあたしの相談に乗ってくれた。ここがこううまくいかない、どうやってるのか何度考えてもわからない、先生の作ってる曲はここがこうだけど、あたしのはなんでそうならないのか、とかね」
「その行動力、やっぱりちょっとどうかしてるって思うよ。改めて」
「まぁ、なんだろ、若気の至り的な?」
「私たちまだ高校生だし若気真っ最中だけどね」
「まぁ、そんなこんなでさ、それこそいろはに教えたテクスチャーのテクニックとかも、その時に習ったんだ。ちなみに先生には娘がいてね、なんか目つきの悪いヤツだったけど、絶賛反抗期だったな。先生は先生であたしに『娘に嫌われない父親になるにはどうすればいいか』なんてことを深刻な顔で聞いてきたりして、おもしろかったな……とまぁ、話を戻すとね、その先生のもとであたしは作曲を習ってたんだけどさ、ある日先生が『コンペに参加するか?』って聞いてきたんだ」
「コンペ?」
「コンペっていうのは、音楽業界の内側でやりとりされてる楽曲募集、まぁひらたく言えば曲のオーディションみたいな感じだな。ドラマやアイドル、アニメ主題歌やキャラソン、いろんなコンペがそこでは交わされてる」
「そ、そんな世界があるんだね……!」
「ちなみに、先生くらいの大御所になるとそれにも参加しない。"キメ打ち"っていって、オーディションじゃなく最初から確定で依頼されるからね。基本的にコンペは無償だから、通らなかったら無報酬なんだ。キメ打ちでスケジュールが埋まってる作曲家さんは、だからコンペには参加しない。よっぽど関わりたいと思う仕事以外はね」
「そうなんだ……」
「で、先生の紹介で参加することになったのが、あたしの初コンペだ。ちなみに、この参加だって普通はできない。なぜなら、そのコンペ情報っていうのは秘密保持契約をちゃんと結ばなきゃいけないし、信用のある人間しか紹介してもらえないからね。『徹頭徹尾の紹介制』、それが音楽業界だ。先生の口利きであたしはそれこそ"運良く"参加させてもらえたけど、普通はアマチュアじゃこの内側に入るだけで至難の技だ」
……なんだか、ものすごくリアルな話。音楽業界ってそういう感じなんだ……。
「それで、曲を作るのが好きなあたしは題材を与えられたっていう楽しさで曲を書きまくった。ひとつのコンペに5曲くらい書くのはいつものことだったな。それを続けて半年くらい経った時に、初めて採用通知が来た。ちょうど、中学を卒業して高校生になる直前の、春の出来事だったな。それからは、なんだかんだでまたコンペも通ったり、先生の仕事のゲーム音楽を手伝うようになったり、そんなことをしてプロとして作曲家を名乗るようになった。あたしの作曲キャリアなんて、高校生からだからまだざっと1年強くらいなんだ。あと2ヵ月で、ちょうど2周年だね」
「……そっか。やっぱり、凄まじいね」
「あたしみたいな例はさすがにちょっと珍しい側だけどね。でもまぁ、やる人はやってるよ。たしかに早い方だとは思うけどね。でも、別にない例じゃない。分野は違うけど、例えば超実力派声優の沢城みゆきさんも中学の頃に受けたオーディションでデビューを勝ち取ってるし、タレントでラジオパーソナリティの伊集院光さんも高2で落語家に弟子入りしてる。かの藤子不二雄先生も、17歳の頃に4コマ漫画でデビューしてるしね」
「まぁ、そういうことも確かに事実としてあるにはあるんだろうけど……うん。やっぱり目の前にそういう人がいると、リアリティあるっていうか……現実にいるんだね」
「こういう超突破型じゃないパターンで言うなら、作曲家になる道は大体『なんらかの音楽関係の会社に入る』だな」
「あ、そういうパターンもあるんだ?」
「まぁ多分これが一番多いんじゃないかな。最初ってさ、作曲っていう仕事がどういう流れで自分に依頼されるのか、それ自体がわからないんだよ。だからみんな、まずは音楽業界っていうものに入ってそのシステムや流れを知る。世間じゃこの情報はほぼまったくと言っていいほど出回ってないけど、まず現場に足を踏み入れるっていう時点でこれはオーディションみたいなもんなんだ。遮二無二そこに割り込んでいくだけの意思があるかどうか、みたいなね」
「募集とかしないの?」
「まぁ、しないな。だって、そんなことして呼んでもどうせすぐやめちゃうんだもん。作曲家として生きていくっていうのは、強固な”自分の意思”が必要なんだ。そういう人を炙り出すには、募集なんかむしろ逆効果だ。自分で来るだけの度胸がないとね」
「ああ~……なるほど……」
「ある人は音響会社から、ある人はレコード会社から、ある人はアーティスト事務所から、ある人はゲーム会社から、そして勘のいい人は、音楽制作会社に直接。まずはどこでもいいから、音楽を作る現場に少しでも近いところから、仕事として関わっていく。最初は雑用でもなんでもいいんだよ。そうすれば、結構すぐに”どうすれば作曲の仕事ができるか”がわかるからね」
つくづく、普通の女子高生とは思えないことを言う珠ちゃん。昼間のキョドってる珠ちゃんから考えるとギャップがすごい。改めて、アンバランスな子だなぁ……。
「よくさ、『プロになるにはどうすればいいか』なんてことを大真面目に議論したりしてるのをネットで見かけたりするけど、そんなの答えなんて決まってるんだよ。『とにかく仕事があるその現場に行く』、『実際やってるプロの人からプロになる方法を聞く』、これだけだ。それ以外に必要なことなんてないって言ってもいいと思うよ」
「そうなの? そんなにシンプルな答えなら、誰でもわかってるような気もするんだけど……」
「まったくその通り。これはシンプルな話なんだよ。だからこそ、みんな現場に体当たりでぶつかりにいくのが恐いんだ。だから、必要もない……というか、用意しても仕方ない準備にばっかり時間をとられて、グズグズと同じ場所で考え続けてしまう。プロになれない人に足りないのは技術じゃないよ。本気さや勇気、覚悟だ。本気さがあれば『どこに行けばいいか』わかるし、勇気があれば『そこに飛び込むこと』ができるし、覚悟があれば『ちょっとやそっとのことで脱落したりしない』。まぁ、この3つを持ってるっていう時点でプロの素質はあるんだと思うし、そういう人は他人からそれを諭されるまでもなくすでにそうやってるもんだ。そしてそこに辿り着いてからがようやく、『現場で学ぶ』っていうプロ見習い1年生だったりする」
「……そうなんだね。さすがだなぁ」
珠ちゃんがどうやってプロになったのかっていう具体的な話。その、聞けば聞くほど漫画みたいな、嘘みたいなホントの話に私はやっぱり圧倒される。珠ちゃんは私のことを『自分と同じだ』って何回も言うけど、やっぱりそれは少し違うんじゃないかな。うん。だって、なんていうか、この子本気だもん。当たり前みたいなテンションで話してることが、一つひとつ、いちいち本気だ。
「――って話を、ああ~……なんで昼間は言えなかったんだろうなぁ~……でもさぁいろは!」
「ぅえ!?」
頭を抱えた珠ちゃんが、急にガバッと顔を上げる。顔近っ。
「こんな話を急にされても、佐々木さんだって困るだろ!? わっけわかんないもんな! いろはもそう思うだろ!?」
「あ~~……うん、それは……うん、珠ちゃんの言う通りかも……」
「だったらあたしは、あの時なんて言えばよかったんだ!?」
「…………あー……。えーっと……うーん……」
それは、たしかに難しいところかも。まさかこのボリュームの話をするわけにもいかないし、ああでも、もっとかいつまんで言えばそれでいいような? あー。なるほど、珠ちゃんって、要するに真面目なんだ。かいつまんだ説明じゃ伝わらないって思うから、なんかこう、全部しっかり話せる状況や相手じゃないと、ちゃんと話せないってこと……なのかな?
「なんか、珠ちゃんのこといろいろわかったかも」
「ん? ああ、そういえば昔のことあんま話してないもんな」
「ううん、そうじゃなくて。それ以外のことも」
「え? どういうこと?」
「なんでもない。けど、珠ちゃんもしかしたら、別に無理してみんなと話さなくてもいいのかもしれないね」
「……そ、そう思うか!?」
「え、なに、今日一番の元気な反応!?」
「いやっ……あ、あはは!」
そうだね。もしかしたらそうかも。
「うん。珠ちゃんってきっと、ちょっと時間をかけなきゃいけないタイプなんだと思う。だから、自然に一緒に居られるタイプの人がいたら、その人とは楽しく話すみたいな、そういうのでもいいんじゃないかな。きっと珠ちゃんの場合は、将来もそういう道に進むんだろうし」
「そう! そうなんだよ! さすがいろはだなぁ、よくわかってる! あたしってそうだと思うんだ!」
「おお……ぐいぐいくるね珠ちゃん……」
「だってさ、こういうの自己中っていうか……あんまわかってもらえないから……あはは、でもいいんだあたし、こうやって、いろはみたいにひとりでもわかってくれるなら、もうそれでいいんだよ」
「うん。無理しなくても、いいのかもね。そういうの、ちょっとわかるよ」
冷めきった紅茶を飲み干した私たちは、薄く雪の積もった帰り道を歩く。変わろうとする努力も大切だけど、自分らしくあることもきっと同じくらい大事なんだろうなって、珠ちゃんのうれしそうな横顔をみていると、なんだかそうかもって思った。
今日はここまで!
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