【ザ・スペシャル・インタビュー】江夏正晃氏(音楽家、DJ、シンセサイザーアーティスト )

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株式会社マリモレコーズの代表取締役であり、作曲家、プロデューサー、レコーディングエンジニア、マスタリングエンジニア、DJ としてマルチに大活躍中の江夏正晃氏。プロの現場で必要なスキルとは?品川区西五反田にある氏のスタジオにお邪魔してお話を聞かせていただきました。(インタビュアー:サカウエ)

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●こんにちは、まずは江夏さん(以降敬称略)の現在に至る経緯やお仕事について色々とお尋ねしたいと思います。

江夏:母がもともとピアノ教師ということもあり、音楽は小さい頃からピアノは習って作曲などもしていましたが中学でやめてしまったんです。当時、世間では学級崩壊・非行とか真っ盛りの頃で、自分も少々やんちゃな時期でした(笑)そんな中学3年の時出会ったのがYAMAHAのDX-7(当時の価格¥248000)。もちろん貯めたお小遣いだけでは足りないので親に援助してもらいました。親としては音楽やってくれるならまだ安心・・といった気持ちだったのかもしれませんね。あの頃は坂本龍一さんやYMOの大ファンだったので、これで一気にシンセにのめり込むことになりました。坂本さんのアルバム「音楽図鑑」「未来派野郎」は今でも愛聴盤で、まさに自分の青春そのものと言ってもよいかもしれません。

当時使っていたKS-10はまだ健在

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●音楽制作はその頃から?

江夏:父がパソコン好きでNECのPC-98(パソコン)を持っていたんです。ある日キーボードマガジンを読んで、98にRolandのMPU-401(MIDIインターフェース)というものを取りつければ、DX-7とつないでどうやら坂本龍一さんのような事ができるらしい(笑)・・と知り、レコンポーザー(カモンミュージック社の音楽ソフト。数値入力が特徴)といっしょに買いました。ところがDX-7だけではアンサンブルにならないので、友人の家にあったRoland TR-909(リズムマシン)、カシオのCZ-5000、Oberheim Matrix-6といったシンセを借りて音楽を作り始めたんです。高校生になってからは、TASCAMのPortastudio246 (カセット式MTR)を使いピンポン録音を駆使して制作していました。

●すでに現在に至る片鱗をうかがわせますね。

江夏:すでに高校一年でローンを組んで機材を買ってました。もちろん保証人は両親でした。その時買ったKORGのデジタルディレイ「SDD-2000」は今でも持ってます。大学・大学院時代は土木工学を専攻して橋梁工学を学びつつ、趣味の音楽を続けながらDJなども始めるようになりました。あの頃はエレクトロ的な音楽を作っていたのですが、当時の環境では打ち込み一つとってもあまりに奥が深く、制作のワークフローが複雑なこともあってとても大変だったことを覚えています。

●卒業後はどうされましたか?

江夏:卒業後は大手メーカに就職して海外プラントの土建設計でサラリーマンとして働いていました。大阪での寮生活で仕事もだんだんと忙しくなってきたこともあったのですが、前から「自分には音楽の才能はないな・」と思っていたのである日キッパリと音楽制作はやめてしまったんです。機材は全部実家においてきて、しばらく大阪での真面目なサラリーマン生活が続きました。

●音楽活動を再開したきっかけは?

江夏:入社当初は資格試験なんかを受けるために週末、時間を費やしていたのですが、しばらくしてサラリーマン生活も落ち着いてきちゃったんです。そうしたら、また音楽を始めたくなって、Color Classic II(Apple社のパソコン)とEZ Vision(音楽ソフト)、AKAIのS3000S900、RolandのS-550DX-7、Novation Bass Station 等を使って音楽制作を再開しました。社会人になって2年目位のころ、出始めのハードディスクレコーダーなどを使って、知人のシンガーのプロデュースみたいなことを始めました。曲を作ってはデモテープを色々なレーベルに送り続け、結構いろいろなところから声をかけてもらって、ライブ活動などもしていました。しかし残念ながらなかなか目が出なくて・・それで再び音楽をやめる決心をしました。

300px-Macintosh_Classic_2

https://ja.wikipedia.org/wiki/Macintosh_Color_Classic

●二度目ですね?

江夏:「楽しかったけれどもういいわ・・」と(笑)。そしてちょうど2000年に実家に戻ったとき弟(江夏由洋氏)に「レコード会社でCD作っても全然売れないし、オレ音楽やめるわ」って話したんです。すると当時TBSの局員だった弟が「じゃあ自分で作ればいいじゃない?」と言うんです。「でもどうやって作るんだ?」って思いましたけど「なんとかなるんじゃない?」という感じで結局弟とCDを作ることになったんです。

●それで会社員を続けながら自主レーベルを立ち上げることになったのですね?

江夏:二人で10万円ずつ出しあってリリースしたところ、インディーズやカレッジチャートで上位にランキングされて評判になったんです。ファーストアルバムはブレイクビーツ主体のダンス・ミュージックでしたが、何作かリリースする度に知名度も上がっていき「これ、ひょっとしたら音楽で食えるんじゃないか?」と勘違いして・・ついに2003年に会社をやめることにしたんです。

独立~株式会社マリモレコーズ設立

江夏:会社を辞めたのが33歳の頃です。周りには反対されるやら呆れられるやらそれはもう大変でしたが、父は「まあいいんじゃない」という意外な反応でした。ただし「2年間やってみてダメなら諦める」「絶対、弟は誘わない」という条件で(笑)

その後、個人事業主として音楽作家活動をすることになったのですが、音楽を本業にした途端まったく仕事がこなくなりました。そうこうしているうちに貯金も底をつき、これはもうバイトでもしなくちゃダメかな?と思っていた時に某メーカーさんの海外展示会の音楽制作が飛び込んできたんです。そしてそれをきっかけにポツポツと仕事が入るようになってなんとか初年度を乗り切ることができました。

その時思ったのは、自分は作家活動だけでは食っていけないから、これからは発想を転換して音効やMAそしてポスプロ(※)まで音楽に関わることをトータル・プロデュースしていくんだということです。

※MA:マルチ・トラック・レコ-ディングで映像用の音声編集作業を行うこと ※ポスプロ:(ポストプロダクション

●マリモレコーズのスタイルですね?

江夏:そうです。つまり作家もやるけど音に関わることは全部引き受けるというスタンスです。2005年に株式会社マリモレコーズを設立し、イベントの企画、映像、音楽、演出、そしてDJも一人でこなし、徐々に仕事に恵まれるようになりました。2007年には弟もTV局を辞めて会社に参加することなりました。弟は主に映像制作をすることで自らの意志で会社をやめたので「絶対、弟は誘わない」という父との約束は守れたわけです(笑)こうしてマリモレコーズは映像・音楽のトータルプロデュースカンパニーになったわけです。

●制作にはNuendoを使われていたのですか?

江夏:昔はPro Toolsも使っていましたが、スタジオで映像を扱うようになると最終的にはWindows環境でCubaseとNuendoを使用するようになりました。今ではNEK (Nuendo Expansion Kit) をインストールしてほとんどの Cubase 機能がNuendo上でも実現できるようになっています。

●Nuendoを導入した理由は?

江夏:一言で言ってパーフェクトだからです。Nativeなのでマシンスペックが上がればそれだけパフォーマンスも向上するし、DSPに依存しないし制限もありません。映像ファイルも読み込んで使えるのでビデオデッキを持つ必要もなかったです。作家がポスプロまで行うワークフローを実現してくれたのがこの制作スタジオと Nuendo だったんです。当初Nuendoは、ビデオカードはBlack Magic DesignのDeck Linkシリーズしか対応していなかったのですが、民生用テレビをHDMIで接続したかったので、Intensity Pro(※)をDeck Linkのドライバーで無理やり動かしたりしていました。

※Blackmagic Design社のビデオキャプチャーカード。現在は廃版で後継機はIntensity Pro 4K。

後継機のIntensity Pro 4K

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仕事で必要なスキルはすべて現場で学んだ

●江夏さんの多岐にわたる知識はどうやって学ばれたのですか?

江夏:作曲、スタジオワーク、レコーディング、アシスタント、そしてCubase 、 Nuendoの使い方に至るまですべて独学です。情報収集に関しては非常に貪欲でしたので、若いころは毎月サウンド&レコーディング・マガジンを隅から隅まで読みあさっていました(笑)。プロのエンジニアの仕事を現場で観察して「ああ、こういうときはこのマイクで、こうすればよいのか・・」といった具合に逐一テクニックを盗んでいました。でも昔MAスタジオで初めてSSL(※)の前に座った時は手が震えましたね・・使い方が全然わかんなくて(笑)クライアントさんには「いつもやってますので問題無いですよ~」とか言いながら大汗かいていました。でもああいった大きなコンソールの前でオペレーションするのは夢だったので非常に楽しかったです。

※プロ・オーディオ・ミキシングコンソール・メーカー Solid State Logic社のミキシングコンソール

●映像・音楽作品がどのような過程を経て作られるのか知りたい方も多いと思います。江夏さんの仕事の流れを教えていただけますか?

江夏:大事なのはまず営業!とにかくがんばって仕事をとってきます(笑)次に映像。CM、企業VP(Video Package)、映画、ドキュメンタリー等々、基本的には絵が先行になりますが、撮影、編集、CG、コンポジット(組み合わせ)という過程を経て映像が完成します。次に音楽制作は、作曲、打ち込み、録音、MAそして最後にポスプロという流れで作品が完成します。通常これらの制作の過程はすべて分業が基本なのですが、マリモレコーズではこれらがワンストップで完結するのです。つまり映像作家、ディレクター、キャスト、カメラマン、照明、音楽作家、アレンジ、ミックスエンジニア、マスタリングエンジニア・・等をすべて一手に引き受けています。弟が中心となっている映像チームと私の音楽チームという社内分業というシステムです。そして、これら一連のプロセスの中でNuendoの存在は切っても切れないものになっています。

弟さんである江夏由洋氏の映像作品

●江夏さんの曲作りのプロセスを教えてください

江夏:基本はオーダーにあわせて作曲するわけですが、プリプロはソフトシンセはもちろんハード・シンセも多用しています。演奏はMIDIマスターキーボードからのリアルタイム・レコーディングが基本で、MIDIとオーディオを同時にNuendoに録音していきます。たまにローズ(※)も使うこともあります。使用しているソフトシンセは、AAS、Arturia、IK Multimedia、iZotope、Native Instruments、Novation、Roland plug-out、reFX、Rob Pappen、Spectrasponics、Steinberg、UVI、XLN Audio・・等々(ほぼ各社全製品所有)です。ハードシンセもビンテージから最新機種、モジュラーシンセと多種多様です。中でもお気に入りはREON社のdriftboxですが、本当にこのシンセは最高ですよ!

大阪のシンセサイザーメーカーREON社の driftboxシリーズ

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スタジオ脇に整然とセッティングされたハードシンセ群(氏の膨大なコレクションのごく一部)ハードシンセはプロジェクトに合ったものをその都度スタジオに運び込んで使い終わったら戻しているとのこと。

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マスターキーボード

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※ローズピアノ(上にあるのはお気に入りの Reon のアナログシンセ「driftbox」)

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映画「An American Piano」のサントラ制作について

ここで江夏氏が音楽を担当された Paul Leeming 監督のショートムービー「An American Piano」のNuendoプロジェクトデータを見せていただくことに。

An American Piano予告編

江夏:当初は「全部生オーケストラで演らせて欲しい」と監督に頼んだのですが、さすがに予算の関係で・・(笑) このサントラは映像を見ながらリアルタイムで作っていったのですが、ピアノはSteinbergの「The Grand 3」オケはIK Multimediaの「Miroslav Philharmonik」を使っています。自分の打ち込みポリシーは「クォンタイズしない」ということなんですが、このサントラ制作でもバイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスを1パートずつ手弾でリアルタイム・レコーディングしています。もちろん後からゲートタイムなど若干の修正は行いますが、手弾きのニュアンスは残したいので制作はいつもこの方法で行っています。

そしてこのプロジェクトでは第一バイオリンのトップノートだけ、生のバイオリンを録音ブース(※)でレコーディングして重ねています。この方法は非常にうまくいって、おかげで試写会では皆さん生オーケストラだと思っていたようです(笑)1トラックだけでも本物の泣きのバイオリンが加わることで曲全体の表現力を格段にアップすることができました。生楽器をレコーディングすることはこういった音楽を制作するうえではとても重要な要素になってきます。私の場合、打ち込みの制作が主体と思われがちですが、結構生録の仕事もたくさんやっているんです。これらの経験が打ち込みの際にも各所で活かされています。

※同じ4階にある録音ブース(撮影時はナレーション録音の準備中)

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江夏:この映画には他にも裏話があるんです。劇中で使われているショパンの曲を収録するためにピアニストの方のご自宅に伺った時のことです。準備が完了していざ録音、というところでまさかのご近所からの騒音苦情!録音を続けることができなくなってしまいました。しかし現場のピアノがヤマハのサイレント・ピアノでMIDI出力ができることを知り、サイレントで演奏していただきDAWでMIDIデータ録音して持ち帰りました。そもそも監督がスタジオ代を節約したからこんなことになってしまったわけですが(笑)マイクやらアンプやら大量に機材を抱えていったのに、結局使ったのはパソコンとMIDIケーブルだけ・・・こうして持ち帰ったMIDIデータで「The Grand 3」を鳴らしているのですが、試写会ではみんな生ピアノだと思っていましたね。

シンセサイザーアーティストとして

●江夏さんはアーティストとしてもご活躍中ですね

江夏:FILTER KYODAI(弟である江夏由洋氏とのユニット)のライブでは、私のセットではパソコンを使っていないんです。意外に思われるんですが、本当なんです。10台くらいのシンセをクロック同期させておき、各パターンやシーケンスをインプロ的(※)に組み合わせてすべてリアルタイムでパフォーマンスしています。もちろん大方の曲のコード進行は決めてありますが、サイズは自由にインプロできるので4曲の構成で1時間半とかパフォーマンスできてしまうのです。

※インプロビゼーション(Improvisation=即興)

FILTER KYODAI

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SAOLILITH 2 FILTER KYODAI meets M-AUDIO

ハイレゾレコーディングへのこだわり

●最近はハイレゾ音源にも意欲的に取り組まれているようですね(ここで最近の作品を聞かせていただく)

江夏:これは96kHz、32bitのプロジェクトで、アコースティック・ギターとピアノ(The Grand 3)そしてボーカルという非常にシンプルな構成です。マイクはAudio TechnicaのAT-4040を使っていますが、EQもコンプも一切使っていません。エフェクトはリバーブだけです。最小限の構成のバラードのハイレゾ・レコーディングでは自分はコンプやEQをあまり使いません。その代わりマイクの距離や吸音材の位置、角度、スタンドセッティング、等々、何度も何度も試行錯誤してベストなコンディションで録音できる工夫をしています。いずれにせよ最高の録音コンディションを用意して、後は極力触らないで済むような環境で録音することが大切だと思います。

江夏氏のマイク・コレクション

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江夏:もちろんJ-Popやダンスミュージックにはコンプは使います。ダンスミュージックの場合、特にキックの音はコンプなしでは作ることはできませんし、コンプの使い方は重要ですが、私の場合、多用はあまりしません。今ではCubase上で波形だけを見ながらエディットして、アタック感のある理想的なキックサウンド生み出すことができるようになりました。

●最後に曲作りやさまざまな機材の使いこなしについてアドバイスをお願いします。

江夏:とにかく毎日の千本ノックです(笑)曲をひたすら書き続けること。次々と曲を書いて、音作りも試行錯誤を繰り返すことだと思います。自分のスタイルはとにかく経験則の集大成、引き出しの多さで勝負だと思っています。あとハードウエアはどんどん使って欲しいと思います。ハードの使い方がわからないとソフトは使いこなすことができないのではないかと思います。私も今でも毎日が勉強です!

●本日はありがとうございました!

江夏 正晃(えなつ まさあき)氏プロフィール

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江夏 正晃(FILTER KYODAI / marimoRECORDS)

音楽家、DJ、シンセサイザーアーティスト。エレクトロユニットFILTER KYODAIやXILICONのメンバーとして活動する一方、Charisma.comやサカモト教授などのプロデュース、エンジニアなども手掛ける。CM他、多方面の音楽制作も行う。著書に「DAW自宅マスタリング」(リットーミュージック)などがあり、関西学院大学の非常勤講師も勤める。自他ともに認めるシンセサイザー好きで、ビンテージ、アナログシンセはもとより、最近はモジュラーシンセを使った制作、ライブなども積極的に行っている。●marimoRECORDS Official site

http://marimorecords.com/

●FILTER KYODAI blog

http://enatsu.net/

江夏正晃氏 ライブ情報

●2015年9月22(火)、23日(水)

HOW TO MUSIC FESTIVAL@東京西多摩おおば村キャンプ場 FILTER KYODAI

●2015年10月18日(日)

モジュラーワンダーランド@Zippal Hall FILTER KYODAI (お兄ちゃんだけ)

●2015年12月4日(金)

新世界のシンセ界 @西麻布新世界 FILTER KYODAI

●2015年12月6日(日)

温泉音楽@渋温泉 Naturally Gushing Orchestra

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