番外短編集『作曲少女~曲を作れるようになった私が気になったことの話~』
『1週間以上同じ曲をいじってしまってるときの話』
(……あー、なかなか完成しない)
……。
(ここがもうちょっとこう、なんかこう、あーでも、う~ん……いやもっと……)
……。
初めての1曲を作って2週間、2曲目(ダサいのを作るっていう意味で作ったやつ)を作ってから私は、続いて3曲目を作ろうとしている。でもこの曲にとりかかってかれこれ1週間、ずーーーーっと考えてるのに、なんだか全然仕上がらない。AメロとBメロはいいんだけど、Cサビがもっといけるんじゃないかっていうか……これも、この前珠ちゃんが言ってた創作便秘なのかもしれないけど……うーん……。ダサくてもとにかく仕上げるのが大事ってわかってるんだけど……でもなぁ。
なんていうか、もうちょっとやったらもっと良くなる気がする。だからもったいないっていうか……ここでとりあえず下手でもいいから仕上げちゃうっていうのは、んー……そりゃ、できなくはないと思うけど、でもやっぱりもったいないみたいな……。
(珠ちゃんはこういうの、気にせずどんどん作ったってことなのかなぁ……。でも、もっと良くなりそうなんだし、これは前のやつとは違うよね……?)
ちなみに今日、珠ちゃんは作曲の仕事で忙しいらしいので、土曜日だけどひとりでいる。なんでも、今週末は仕事が結構大変なんだとか。そういう話を聞くと、ああほんとに珠ちゃんって作曲のプロなんだなぁとか思う。作曲のプロかぁ。そんな人からしてみれば、私のこのモヤモヤした感じなんて『何が?』って感じなんだろうなぁ。
Prrrrrr...Prrrrrr.....
「ん?」
と、思っていた矢先にかかってきたのは、珠ちゃんからの着信。ノートパソコンから、通話アプリの着信音が聞こえた。
「もしもし珠ちゃん? 何か用?」
『……いやぁ、用ってことも別にないんだけど。なんかイマイチやる気が出なくて。気分転換に通話でもしたらなんか変わるかなーと思っての通話だ。どうでもいい話とかしよう』
「あー、それいいね。私もいま、ちょうど気分転換したいなと思ってたところなんだ。あれ? でも珠ちゃん、今日作曲の仕事で忙しいって言ってたよね?」
『ああ、忙しいよ』
「だったら、通話とかしてて大丈夫なの?」
『まだ何もしてないけど、〆切は明日だし平気だ』
「ええ!?」
明日〆切なのに何も曲できないって……大丈夫なのそれ!?
「……さすが、プロの作曲家さんだね……1日でできちゃうんだ……」
『ん? 1日もかけないよ。まぁ4時間くらいかな?』
「あはは、それは超次元すぎるよ~!」
『え? いやいや、ホントにそんなもんだよ?』
「へ?」
珠ちゃんがさらっと言ったありえない作曲速度は、ギャグか何かだと思った。けど、この声のトーンは……本気のやつだ。嘘でしょ? なにそのスピード。え、意味わかんないんだけど。
「……ほんとに4時間で1曲仕上げるの?」
『ああ。まぁジャンルにもよるけど、これくらいがまぁプロの平均速度かな? たまに1曲にめっちゃ時間かける人とかもいるけど、それはどちらかというと少数派じゃないかな。あとは編成とかにもよるけど、ざっとそんな感じだよ。あたしが特別速いってわけでもない』
「へ、へぇ~……」
プロの作曲家ってなんかもう、頭おかしいっていうか物理法則を無視してるスピードなんだなぁ……。
「はぁ……。いま1曲を1週間かけて仕上げられてないことに悩んでる私からしてみれば、ほとんど光の速さみたいなものだよ。肉眼で追えないスピード……さすが珠ちゃんだね……」
『まぁ、言われてみればたしかにそうだな。けど、作曲をプロでやろうって人からしてみれば別にどうってことないよ。特に苦労してるわけでもないし』
「それが選ばれし者の世界なんだね……」
『ん? いや、そうじゃなくて、たとえばだけど”一日中ゲームしてなさい”とか”一日中マンガ読んでなさい”とか言われても、それってやろうと思えばできるだろ?』
「それはできると思うけど」
『それとほとんど同じなんだよ。みんな作曲に対してストレスがないから延々とやれるんだ』
……だから、それを私は、"選ばれし者"って言ってるんだけどね……。
『これはある漫画家さんの言葉だけどさ、”勉強を毎日10時間やるのは無理だけど、漫画を描くのなら毎日10時間でも全然平気だと思ったから漫画家になることにした”ってのがあるんだよね。これはなんていうか、ものすごく端的に核心をついた言葉だと思う』
「ああ、なるほどね~。それはそうかも」
『スピードが速いのも、作る量自体が多いのも、それは自然とそうなっちゃうってだけの話なんだよ。10時間作曲していいってなったら、最初は1曲を2日や3日またいで作ってても、気づいたら1日、もっといくと8時間で1曲、さらに加速すると1日で3曲、みたいなね。まぁそんな感じだ。ゲームと一緒だよ。ゲームも音楽も、うまくなる理由は《楽しいから》だ。そしてそういう人が、プロの世界に集まる傾向があるね』
「そうだね。考えてみればシンプルなことなのかもね」
超次元の世界だなぁ。……いや、でも……。
「……ねぇ珠ちゃん、これって珠ちゃんみたいなハイスピードな上級者からしてみればビギナーすぎる話かもしれないんだけど」
『なんだ?』
「あー、なんていえばいいのかな……。あ、そうだ、逆にね? 珠ちゃんが一番時間がかかった曲って、どれくらいだったのかなぁ~みたいな……」
作曲速度が遅すぎる私の話をしたら笑われるんじゃないかなと思った私は、ちょっとサグリを入れてみる。もしかしたら、珠ちゃんも私みたいに初心者の頃は1週間とかかかってたりしてないかなぁ、みたいな……。してないかもだけど……。
『ああ、一番長くかかった曲は1ヵ月だったな』
「え!? 1ヵ月!?」
『おお? なんだそのうれしそうな声?』
「いや、あははは……」
1ヵ月? 今となっては4時間で1曲作る珠ちゃんが? 1ヵ月?? 期待以上のダメっぷりだよ! こういう言い方はあれだけど、ありがとう珠ちゃん!
「いや、なんていうか、あははは……救われたような気分というか……」
『ああ、そういえばさっき、1曲作るのに1週間くらいかかってるみたいなこと言ってたよな』
「うん。でもこれは甘えだよね。もっとグイグイ曲作らなきゃ珠ちゃんみたいなスピードにはならないんだろうし。でも、そっかぁ、珠ちゃんでも、1ヵ月とかかかってたことあるんだ~。私も頑張ろう!」
『ああ、なるほど。その件で悩んでるのか』
「その件?」
『"曲が仕上がらない問題"だろ?』
「え? うん……?」
珠ちゃんは、通話越しにちょっと黙りつつ、頭の中で言葉を整頓してるようだった。ポテトチップスの咀嚼の音が通話越しにポリポリ響く。
『……うん。なるほどわかった。……じゃあさ、曲が仕上がらないのはなんでだと思う?』
「え? んー……。完成系があんまりイメージできてないから……?」
『それもある。けどそれが原因じゃあないな』
「ん~……。技術不足……?」
『それもほんの少しくらいはある。けどやっぱり、決定的な原因じゃあない。それで言ったら、いろはは技術不足に決まってるのにすでに2曲仕上げてるだろ? しかも、両方1日で作ってる』
「あ、ほんとだ」
『じゃあ、その2曲ができたときに共通する条件って、なんだった?』
「共通する条件……」
そうか、たしかに私、2曲はもう作ったんだよね。2曲目はちょっとアレな感じだったけど……このふたつに共通する条件……あっ!
「わかった!」
『お、わかったか』
「珠ちゃんがいた!」
『……あー。んー、ちょっと違うかな』
あれ、ハズレだったみたい……?
『まぁ、それでも正解なのかもな』
「あ、正解なんだ?」
『曲が完成したときにあった共通の条件、それは、”強制力”だ。1曲目はあたしがまさに横でレクチャーしながらの曲作りだったし、2曲目についてもあたしの家で作ったやつだしな。今作っちゃおうっていう流れでできたものだ』
「うん」
『そして3曲目については、いろはが個人的に、自発的に作ろうとしてる。けど、それだとなぜか完成しない。ほかの曲よりかなり時間をかけてるというのに。それはね、強制力がないからだ』
「あー。言ってることはわかるかも」
……と、言いつつ。なんだかそれはちょっと腑に落ちない。意味はわかるんだけど、強制力って言ったらなんだか、"やりたくないことやらされてる"みたいな……宿題みたいなニュアンスになるんじゃないかな……?
「でも、それってどうなのかな珠ちゃん。強制力がなくても、曲は作れなきゃおかしいと思うんだけど……」
『ん? どういうことだ?』
「いや、上手に言えないんだけど、なんか音楽ってそういうのじゃない気がするっていうか……無理にやるのって変じゃない?」
『良いことを言うようになったじゃないか』
「え、そうかな?」
うわ。珠ちゃんに一人前扱いされると、なんだか逆にちょっと緊張するなぁ……。
『もちろんだ。音楽は誰かに強制されてやるようなものじゃない』
「うん。だったら、さっきのって変じゃない? 強制力……というか珠ちゃんの監視?がないと曲が作れないっていうことでしょ?」
『まぁ言い方を変えればそういうことだな』
「だよね。でも、それが原因じゃない気がするんだ。私がいま曲を作れないのは、誰かに見られてないからじゃなくて……なんかこう、もっと上手に作りたいしやる気だってすごくあるんだけど、でも、なんだかずっと試行錯誤しちゃうみたいな……」
ああ、この感じ伝わるかなぁ……。
「むしろ、作りたいものはたくさんあるんだ。だけどなぜか完成しないっていうか……」
『ああ。だからこそだ。強制力が足りないんだよ』
「いや、だからね?」
『――"終わらせる"、強制力が足りないんだ』
「……?」
『……わかるか?』
「…………」
『……』
「ああ。あー。なるほど……」
珠ちゃんが言った端的な一言、『終わらせる強制力』。その一言で私は、ピンときた。
「……それって、要するに……”時間切れが必要"っていうこと、かな……?」
『そう、そういうこと』
「そういうことなんだね……」
『あたしがさ、1曲作るのに最長で1ヵ月かかったって言っただろ? それも同じ原因だったんだよ』
「うん。そういうことだねきっと。そっか。時間切れがなかったから、ずっとグズグズ触り続けちゃってたんだ……」
『その通りだ。この前の2曲については、あたしが横で”それで完成じゃないかな”って言っちゃってたから、むしろ私が”終わらせてた”みたいなところもあったんだよな。けど、今いろはの作っている曲は、いろは自身が『これで完成』って言わなきゃいつまでたっても完成しない。しかも初心者のうちはやればやるほどうまくなるから、もっと改善、もっと改良! っていうことを際限なくやり続けてしまう。結果、曲が仕上がらないっていうスパイラルに入ってしまうんだよ』
「そうみたいだね、『これで完成』って、自分で思うの難しいかも。もっと上手にやれるはずだって思っちゃうっていうか……」
『まぁそれは、良いことだよ。でも1曲だけで成長する必要なんてもともとないんだ。もっとよくできそうだなと思ったら、次の曲でそれをやればいい。その思い切りのある”終わらせ”ができるっていうのが、特に初心者の時期には大事な決断だ』
「そうだね、まだまだやれると思うなら、次の曲でどんどんやればいいんだよね」
『ここでつまづく人は多いから、まぁ重要なポイントだよな。”完成力”っていうのは、そうやって思い切りをもってドンドン仕上げていくことで身についていく。完成させるっていうのは、自分の今の実力を認めて次に進むっていうことでもあるんだよね。大体さ、どこまでいっても完璧になってなりはしないんだ。だからこそ、階段を一段ずつしっかり踏みしめていくことが肝心なんだよ。1年悩んで1曲作った人と、1年でとにかく100曲作った人と、どっちの方がレベルアップしてるかっていったら、それは言わなくてもわかるよな』
「あーーーー……なるほど」
『しかしだ、実際、自分の実力を『今はここまで』と思って踏ん切りをつけるっていうのは、非常に難しい。もっとできると思えば思うほど、それはできないものだ』
「そう、そこなんだよね……」
『それを解決するのが、”〆切”だ』
「〆切……!」
『そう、〆切だ。もう詳しく言わなくてもわかるよな。あたしらプロは〆切があるから、容赦なく自分の実力はこれくらいだと認めてガンガン完成させていかなきゃいけない。ある意味では、毎日のように自分の実力の階段を踏みしめているんだよ。自分の意思ではなく、時間的強制力でね。だからプロは、現場にいればいるほど実力がついていく。それ以上試行錯誤すること自体が許されないっていう環境によってね』
「そっか……なんか、納得のいく話かも」
『もっとできるのになぁ、って思いながら仕上げてる時ももちろんあるけど、それを言い出したらキリがないしね。〆切っていうのは、つらいけど必要な区切りなんだ』
「うん。でも珠ちゃん、だったら私はどうすればいいのかな……」
珠ちゃんの言ってることはよくわかる。試行錯誤に時間切れがあれば、嫌でも仕上げるしかないっていうのはわかるけど、それってプロの話だよね……。
『いろはも〆切作れば?』
「え?」
『〆切を作るんだよ。別にプロじゃなくても〆切なんて作れるんだし。たとえば今、あたしに約束するとか』
「……あ~、言われてみれば確かに……そうだけど……でも……」
珠ちゃんの提案に、私は少し躊躇する。たしかに、仮にでも〆切を設定すれば曲は完成するかもしれないけど、でもそれじゃ、クオリティが……。
『月曜日までにその曲仕上げて、あたしに聴かせてよ。それが〆切。オッケー?』
「え!?」
『ん? なんかマズい?』
「え、えーっと……マズくはないんだけど……」
でもそれじゃ、納得のいくクオリティにならない気が……。
『な。〆切って、わかってても設定するのは難しいんだ。自分の現状を認めるっていうのは、それくらいキツいことなんだよ。だからこそだ。月曜日が〆切だ!』
「うぐぐ……月曜日までにかぁ……」
『どうする?』
「……」
『…………』
「……やる」
『よし、じゃあ頑張れ! 楽しみにしてるぞっ!』
「うん……!」
《通話終了》
そして、そのあと少しの雑談をしてから私と珠ちゃんの通話は終了した。まぁでも、私の問題はたしかに珠ちゃんの言う通りだ。私には、〆切っていうものがなかったから延々と1曲をいじり続けちゃってたのかも。そして、足りなかったのは思い切り。たしかに、珠ちゃんの言う通り。過激な方法だけど、時間切れがあるって確かに良いことかも。
「……よし、明後日の月曜日までに仕上げて、珠ちゃんに聴いてもらおう。それが私の〆切!」
そう決意した私は珠ちゃんにメールしておいた。”ちゃんと仕上げて持っていくから、感想聞かせてね”という、決意表明として。さぁ、これで逃げも隠れもできない! 完成しなかったらカッコ悪い! よし、1週間かかっちゃったこの曲を、今日明日で仕上げる!
今日はここまで!
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