2)アッパー・ストラクチャー・トライアード(UST)
いきなり横文字だらけで大変恐縮です。しかしこれ日本語に訳すと「上部構成三和音」となり、余計ややこしい感じですね。
さてここではテンションというものをある程度理解する必要がありますが、予備知識として
あたりをお読みいただければ幸いです。
先程もイチロクニーゴーで出てきましたが、テンションというのはコードの機能を損なうことなくサウンドに変化を与える、料理で言えばスパイスのようなもの。しかし料理同様、入れ過ぎ禁物、素材の味は大事ですね〜でもたまには激辛カレーも良いですね・・みたいなものです。このUSTを簡単に説明すると
あるコードに音を足していったら、上部にトライアド(三和音)ができちゃったよ・・・といったものでしょうか?(本当はそれだけではないのですが・・)
USTとベース指定コードとの大きな違いは
分母も和音になる
という点です。
- 分子:和音
- 分母:和音
なかなか強敵です。
例:D△/C7 ⇒ C7というコード(ド・ミ・ソ・シb)の上にDメジャーコード(レ・ファ#・ラ)が乗る
ここでは和音と単音の違いを明確にしたいので「トライアド=三和音」にはあえて△をつけています(△にはメジャーという意味の他、メジャートライアドを表す場合にも使われることがあります)。さて、分子も分母も和音という、なんだか非常に大変なことになっておりますが、USTにはいくつかパターンがあります。
まずは7thコードで考えてみましょう。
D△/C7の場合
このようにC7というコードに9th, #11th, 13thというテンションを加えた場合、
C7(9,#11,13)
と書いても良いのですが
D△/C7
と表記するのがUST(の一例)というわけです。つまり上部のトライアドが「テンション(あるいはコードトーン)」で構成されているのがUST。
※D△/C7の場合は上部のトライアドはすべてテンションとなっています。
ただし上記のボイシング(基本型の団子状態)では少々芸がないので(これでOKという場合もありますが)下記のように押さえるケースもあると思います。
低域からRoot - 7th - 3rd -13th -9th -#11thという重ね方ですね。このように7thコードにおいては通常左手で3rdと7thをカバーし、それ以外を右手、すなわち高域に配置した音を弾いています。ベーシストがいるなら左手のルートが音は省略可能です。5thの音も省略される場合が多いようですね。
不安定な音の上に安定した三和音が重なることで総合的にスッキリかつ深みのあるサウンドになるわけです。ジャズ等で歌い出しの直前ドミナントV7で、トライアドをアルペジオで「ピロピロピロ」と上昇フレーズ弾いて延ばすというのはよくやります。
They Say It's Wonderful / John Coltrane & Johnny Hartman
最初にRoot-7th-3rdを弾いてその上に美味しいトライアドをアルペジオで弾くわけです〜コツを覚えると意外と簡単(ただ弾くだけならですが)
一杯飲みたくなりました・・
7thコードで使用される主なアッパー・ストラクチャー・トライアドのパターン
ここではC7におけるアッパー・ストラクチャー・トライアド(UST)のパターンをまとめてみます。すべて分母はC7です。
このように7thコードにおいて主なUSTは11種類が考えられますが、それぞれのコードをC7+テンション表記にしてみます。
UST ⇒ テンション表記
- D△/C7 ⇒ C7(9,#11,13)
- Eb△/C7 ⇒ C7(#9)
- F#△/C7 ⇒ C7(b9,#11)
- Ab△/C7 ⇒ C7(#9,b13)
- A△/C7 ⇒ C7(b9,13)
- Cm/C7 ⇒ C7(#9)
- C#m/C7 ⇒ C7(b9,b13)
- Ebm/C7 ⇒ C7(#9,#11)
- Gm/C7 ⇒ C7(9)
- F#m/C7 ⇒ C7(b9,#11,13)
- Am/C7 ⇒ C7(13)
どちらで表記するかは皆さんの自由ですが、UST表記の場合はハーモニーを体系的に理解でき、ソロの際などにも応用が効く様な気がします。なおUSTの押さえ方ですが、トライアドとルートの位置関係で覚えるという方法もあります。たとえば A△/C7 ⇒ C7(b9,13) の場合は「ルートから半音3コ下のトライアドを弾けばよい」といった覚え方です。左手で7th-3rd-13thと押さえ(ルートはベーシストに任す)右手でAメジャーコードを弾くわけですね。
ソロフレーズにもUSTは活用できます。上部のトライアドをアルペジオで演奏するのは良く使う手です。
チックコリア先生はこれ多用してます。速すぎて分りつらいと思いますけども・・・1コーラス中ドミナントコードは1度しか出てこないのですが G△/Bb7 というコードでGのアルペジオを多用しています。
Chick Corea - Humpty Dumpty
メジャー&マイナーコードにおけるアッパー・ストラクチャー・トライアド
ここまでは7thコードにおけるUSTでしたが、USTはメジャーコードやマイナー・コードでも使われます。
下記はC△7とCm7において分子で使用可能なトライアド、およびテンション表記です。
メジャーコード:
- D△/C△7 ⇒ C△7(9,#11,13)
- G△/C△7 ⇒ C△7(9)
- Am/C△7 ⇒ C△7(13)
- Bm/C△7 ⇒ C△7(9,#11)
マイナーコード:
- Bb△/Cm7 ⇒ Cm7(9,11)
- Gm/Cm7 ⇒ C△7(9)
- Dm/Cm7 ⇒ Cm7(9,11,13)
- G△/Cm7 ⇒ Cm△7(9)
- F△/Cm7 ⇒ Cm7(11,13)
個人的にはメジャーコードやマイナー・コードでは、わざわざUST表記にするよりもテンション表記の方がわかりやすいものが多いのでは?という気はします(慣れの問題でしょうが)。
これも7thコードのUST同様、ルートからの度数で覚えるという手もありますね。たとえばCm7(9,11)の場合は、「ルートより全音下のトライアド(Bbを弾けばよい)」といった覚え方。キーボードはCm7を弾き、ギターはBb△とかBbsus4を弾くといったバンドアンサンブルのアプローチなど、色々と応用も効くと思います。
おまけ:クラシックになりますがアーロン・コープランド「アパラチアの春」の冒頭で下記のようなハーモニーが使われています。
これは総合的にはA△7(9)ですが、ここで注目したいのが音の重ね方。素敵ですねこの響き。ミ・ラ・シというsus4が内声に生まれているところがプログレチックなサウンドと感じる所以だと思います(歴史的には順番は反対なんですが)
なおEL&Pのキース・エマーソンは同じくコープランドの「庶民のファンファーレ」「ホウダウン」等をカバーして演奏しています。キースは現代音楽に多大な影響を受けており、他にもヒナステラ(ジナステラ)の「トッカータ」もシンセバリバリのアレンジで演奏していますし、フリードリヒ・グルダの作品をピアノ・ソロで引用していたりします。さすが!
Symfonieorkest Vlaanderen - Appalachian Spring
Fanfare for the Common Man カッコイイーー!!
C7一発モノでのバッキング・バリエーション
突然ですが、コードがC7しか出てこない曲で5分間バッキングしろと言われたらどうしますか?もし「ド・ミ・ソ・シb」しか弾いちゃダメ!だとしたら
- 5分間ずーっと白玉
- リズミックなパターンでひたすら刻む
これはかなり過酷な状況と言わざるをえませんが、幸いな事に、C7しか出てこない様な曲の多くは「ド・ミ・ソ・シb」以外を使っても許される場合が多いと思います・・多くがジャズやフュージョン系になりますが・・ポップ系ではたとえばSteely Dan(ドナルド・フェイゲン、ウォルター・ベッカーを中心としたAORユニット)の曲の多くは、7thコードを使用した美味しいバッキングパターンの宝庫ということができるでしょう・・たとえば
ここではC7というコードにおいてAm、Gmというトライアドを使い、ブルージーな雰囲気を醸し出しています。ギターで弾いても良い感じだと思います。
時間軸で考えるとAm/C7はC7(13)、Gm/C7はC7(9)というコードを構成していますが、これはあくまで結果であって、USTという観念よりはむしろ常套的なブルースのラインから生まれたフレージングのような気もします。
Steely Dan - Black Cow
3)その他
ここで紹介するのは
- 分子:和音
- 分母:和音
というUSTと同じタイプですが、「和音の上に和音が乗る」USTは、分子の和音が分母の和音の「テンションとコードトーン」で構成されていたものです。しかしこれは一件全く関連なさそうな和音が上にのっかるというケース。
和声学的には色々な説明、解説ができるのでしょうが非常に高度な話になりそうなのでここでは割愛いたします。これらの多くは非機能的で刺激的なサウンドに聞こえますね。まあそんな和音もあるのか・・という感じでお読みいただければ幸いです。
例:Db△/C△ ⇒ Cメジャー(ド・ミ・ソ)というコードの上にDbメジャー(レb・ファ・ラb)が乗る
CメジャーにとってはDbメジャーの各構成音はそれぞれ
レb ⇒ b9th
ファ ⇒ 11th
ラb ⇒ b13th
となります。何なんでしょうかね一体これは・・しかしこれで驚いてはいけません、
世の中にはさらに、
のように3層構造のポリコードなんてのもあります。さすがにこれはややこしすぎるので今回はパスしておきます。
参考:多調(ポリトーナル)
おまけ:ストラビンスキーの「春の祭典」のコード。
分母がEメジャートライアド、分子がEb7thという構造になっています。これはAbマイナーのハーモニックマイナースケール(Ab, Bb, Cb, Db, Eb, Fb, G)という音階を全部一度に鳴らしていることになるコードですが、初めて聞くとほとんどの方は強烈な「不協和」を感じると思います。聞き慣れてくるとものすごくカッコよく聞こえてくるのは不思議ですね(リズムも含めた総合的なカッコ良さですが)。
Ab ハーモニック・マイナースケール(変イ短調和声的短音階)呼び方はお好きにどうぞ・・
というわけで楽しい分数コードのお話はここまで。ほんの上辺だけをすくい取った感じの紹介で恐縮です。クラシックを学んでいる方には色々と突っ込みどころもあるかとは思いますがご笑納いただければ幸いです。
ハーモニーの世界は奥が深いですね・・・・皆様お疲れ様でした〜あまり入門者向けではなかったですね・・スミマセン
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