【作曲少女Q】その4「無駄にならない機材の買い方の話」

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番外短編集『作曲少女~曲を作れるようになった私が気になったことの話~』

『無駄にならない機材の買い方の話』

「待って珠ちゃん、私やっぱり買うものあった」

今日、私は珠ちゃんとショッピングモール『ファイヴ・ペニーズ』に買い物に来ている。中に入っている楽器屋さんを回って作曲に役立つ音源を買おうか迷ったりして(結局買わなかったけど)、引き続きショッピングモールの中をうろうろと歩いている私と珠ちゃん。うっかり普通のショッピングのモードに入り始めてるけど、そういえば私の買い物目的はもうひとつあるということを思い出した。

「ん? なんだ?」

「ヘッドホン!」

そう、ヘッドホン。音楽は聴く環境次第で全然聴こえ方が違うということを最近感じている私は、ヘッドホンにこだわることでもっと良い曲を書けるんじゃないかと思い始めていた。

「なるほど、ヘッドホンね。たしかに、良いのをひとつかふたつ持っててもいいかもしれないな」

「でしょ~!」

「タイミング良く、今あたしたちが横切ろうとしてるのはまさにそれが大量に売ってるお店、ビッグキャメラだ。楽器屋ではないけど大型家電量販店であるこの店は、店舗の規模によってはオーディオコーナーがヤバいくらい充実してたりするんだよな。視聴もできたりして、とてもいい」

「……だよねーっ!」

へ、へぇ、楽器屋さん以外でもちゃんとしたヘッドホン売ってるんだ……。

*~*~*~*~*~*~*

「よし、じゃあこれも聴いてみるといい」

「あーなんか、さっきのよりあれだね、こう、グッとくるっていうか」

……。

「だな。……でもあたしの好みとしては、こういうウェットな滑らかさ重視の感じじゃなくてもっとこう、シャープに輪郭をガツンとみせる低音の方が好きだな」

「だ、だよね、低音は輪郭がなきゃだよね。やっぱりこれよりそういうのがいいよね」

…………。

そんなわけでビッグキャメラのオーディオコーナーに来た私たちは、なぜか無駄にリッチな感じのする内装の高品質ヘッドホン視聴コーナーでいろいろ聴いてみている。なんか、オーディオって特別扱いなの? 無駄に大人っぽいっていうか……。セレブリティな一角……。

「こっちのヘッドホンもなかなかいいな」

「……あ~ほんとだ。なかなかいいね」

…………。

珠ちゃんが、楽しそうに次から次にヘッドホンを試し聴きしてる。それを私も真似してるけど、どうしよう。あんまり違いがわかんない……。

「いやぁ~、ヘッドホンの聴き比べとかするの久しぶりだなぁ。やっぱこうやって聴くとどれも良いとこと悪いとこがあって、悩むな!」

「そ、そうだねぇ~、悩むよね~」

……たぶん、結構違うんだよねこのふたつ。でも、え、ほとんど差とかなくない? いや、確かにちょっと聴こえ方違うなって思うけど、それで値段差が2万円とかするのホントにどういうこと? ああでも、これってつまりそれだけ差があるってことなんだよね。わからないのは私の耳がおバカだからなんだろうし……。うう……この3000円のやつじゃダメなのかなぁ……でも珠ちゃんのこのテンションだと、たぶんこ3万円とかのやつが気に入ってる感じだよね……。

「こ、これもなかなかいいなぁ~……」

私は、一番お手頃なヘッドホン(3000円)を装着して、ちょっとわざとらしく言う。うん、ほ、ほら、やっぱり、確かにちょっと音の感じ違うけど、全然普通に聴けるし……これもいいよね……?

「……それにするのか?」

「う……」

珠ちゃんの頭の上に(え、なんでそんなの選ぶの? バカなの?)っていうセリフが浮かんでるような気がする……ああ、もうダメだ。

「……ごめん珠ちゃん、正直に白状すると本当は私、さっきから聴き比べてるヘッドホン、どういう違いがあるのかほとんどわからないんだ……。違うっていうことくらいはわかるんだけど……ダメ耳だよね……私の耳は節穴だよね……」

「え? そうなの?」

うわ、本当に不思議そうな顔してる……。

「うん……こういうのわかるの、やっぱり才能ある人とかなんじゃないかな……」

「あー、そっか。うん。そりゃそうだった。ごめんごめん。わからなくて普通だよ」

「え?」

「”良い音質”やヘッドホンの性質を聴き分けるのにはね、ある程度訓練みたいなものが必要なんだよ。訓練って言ったら大げさだけど」

「そうなの?」

「だからそうだな、うん、さっき聴き比べたやつはたしかに、今のいろはじゃなんとなくってくらいの差しかわからないのが普通だ」

……おお、よかった。なんか合ってたみたい。それとも、これは優しい嘘……?

「あ、これならわかるんじゃないか? 露骨に差があるしおもしろいぞ。『コンデンサーヘッドホン』。珍品だ」

「へぇ、それってどういう……?」

「まぁ聴けばわかる。質自体が違うぞ」

「うわぁなにこれ……コンサートホールに迷い込んだのかと思ったよ……奥行きが違うね……」

「値段もそれなりだけどな」

「う、うお……なにこれ、一桁間違えてるんじゃない……?」

……28万って……2万8千円でも尻込みするのに、金銭感覚が異常だよ……。

「まさか……良いヘッドホンってこんなに高いの……?」

「ん? ああ、これは違う違う、あたしらが買うのはこういう種類のやつじゃないよ。あとで説明するけど」

「よかった……」

「まぁ、オーディオ沼ってのはこういう世界だ。こんなの序の口なんだぞ? 本当のオーディオマニアはほんの微細な差に何十万、何百万ってお金を払ったりするからね」

「……なにそれ、貴族……?」

「あはは、実際独身貴族の大人が多いみたいだけどね。お金の使い方はそれぞれ自由だ」

「でも、そんなにお金かけて音って変わるものなの……? 数百万って……」

「いいや、どうだろうね。やばい領域になるとそれはもはやプラシーボ効果に近いと思う。実際もちろん差はあるんだけど、人間が感知するにはそれに見合った注意深い耳が必要だ。っていうか、そんなに良い音で聴きたいならもう機材じゃなくて体調の方を整えた方が効果的なんじゃない? とか、ぶっちゃけ思うけどね。けど、オーディオマニアってのはそういう理路整然としたものじゃないんだ。そこにあるのは、ロマンなんだよ。誰にも止められない」

「おお……なんか、わかるようなわかんないような……」

「もはやちょっとしたオカルトみたいなとこもあるけどね。それも含めて、オーディオ沼の皆さんは楽しんでるんだよ。贅沢だけどロマンチックな道楽だ」

「……そうなんだ……でも珠ちゃん、そんなにお金かけるんだったら、もう生のコンサートとかライブ観に行ったほうがいいんじゃない? だって数百万円もあれば交通費込みでも何回でも行けるんじゃ……」

私のツッコミに、珠ちゃんが一瞬キョトンとする。あ、もしかして私、身も蓋もないことを言っちゃった感じ……?

「んー………ちょっとそれは違うんだよな」

「え? そうなの?」

「うん。どう言ったらいいんだろ」

珠ちゃんは少し考えてから、言う。

「レコードを超最高音質で聴くっていうのは、タイムスリップみたいな感覚なんだよ。生演奏はそりゃもちろん究極なんだけど、ほら、もう死んでる人の伝説の名録音は、ほかに聴く方法もないし」

「ああーーーーーなるほどっ!」

「あとね、あたし達はまだ高校生だから正直その感じはわかんないんだけど、お気に入りのお酒とかを飲みながら完璧なオーディオ音響ルームで大好きな音楽を身体中で聴くっていうのは、最高の贅沢のひとつなんだってさ。そういうプライベート空間っていうのも、その楽しみのひとつなのかもね」

「ああ、なるほど。そういえばうちのお父さんもそういうの好きで、部屋にちょっと高級なスピーカーとかあったかも」

「まぁ、そんな感じだな。あくまでお金を持ってる大人の趣味だけど、想像力を膨らませる音楽体験って意味じゃものすごく純度の高い楽しみのひとつだ。オーディオ沼ってのはいいもんだと思うよ。軽い気持ちで踏み入れたら死ぬけど」

「あはは、そうだね」

*~*~*~*~*~*~*

「さてと。で、どのヘッドホン買うんだ?」

「え、えーっと……えっと」

音質のこだわりは突き詰め出したら底なし沼。っていうことはわかったけど、それはともかく。私の場合って、最初はどういうヘッドホンを買ったらいいんだろう……。

いろいろ並んでるヘッドホン。値段的に見て、正直私のお財布が耐えられるのは高くても1万円が頑張れるギリギリ。うう……ヘッドホンってこんなに高いの……? 安いのもあるにはあるけど、なんかいかにも扱いがしょぼいっていうか、これ買う人ダメな人ーって感じするし……。

「どういうのが良いのかな……? 珠ちゃんはどれがいいと思うの……?」

「ん? そうだな~」

”いろはが良いと思うやつが良いと思うよ”とかって言いそうだなぁ……。ああ、でも珠ちゃん、私にはこの値札が、この値札が……あまりにも目の毒だよ……だってこっちのヘッドホンは1万8000円で、その隣にあるやつは3000円なんだよ……? さらにその隣にあるのは、どういう差があるのか全然わかんないのにまさかの5万円だよ? 値段差凄過ぎるよ……。どうやって決めればいいのか全然わからない……。

「ねぇ珠ちゃん、自分で選んだ方が良いっていうのはわかってるんだけど……さ、参考までに……珠ちゃんがオススメのやつっていうか……教えてほしいっていうか……私向きのやつ選んでほしいっていうか……」

……う、怒られそう……。

「……よし、じゃああたしが選ぼう」

「え?」

珠ちゃんらしからぬ……? コメント……?

「……いいの?」

「ん? あたしが選ぶんだろ? 別にいいけど」

「……う、うん。ありがと……」

なんだろ、え、すごい違和感。自分で選ばなくていいの……?

「なんだ、変な顔して」

「いや、な、何でもないんだけど……」

「じゃあ、今考えてること、当てようか」

「いや……」

ああ、なんだ、よかった、私がこういうこといろいろ考えてるのも珠ちゃんにはバレてるのか。むしろ落ち着くなぁこの感じ。

「なんでもかんでも自分の感覚が正しいで選ぶっていうのはまぁ、あたしの好きな考え方だけどさ、判断できない段階で判断するっていうのはもちろん無理だよ。自分の選択は常に、判断できるようになるっていう準備が必要だ」

「うん、そう思う」

「とくに音楽機材の買い方っていうのは、最初はわからないもんなんだよな。で、じゃあどういう準備をすれば自分でその判断ができるようになるのか。これを知っておくことで、これから先のあらゆる買い物の基本が身につく」

「そんなのあるんだ!」

「ああ。音楽機材の良し悪しを自分で判断する耳を手に入れるには、好みとは関係ないある種の答えがある」

「そうなの? なんか意外……」

「答えっていうか、基準だな。いろははさっきさ、どのヘッドホンも同じように聴こえるって言ったよな」

「うん……」

「ちなみにな、最初に買うヘッドホンは、実はなんでもいいんだ」

「え?」

「なんでもいいんだよ。本気でなんでもいい。3000円のやつでもオッケーっちゃオッケーだ」

「え? え?」

さすがにそれはないんじゃ……? だってそれだったら、高いヘッドホンの存在意義がよくわかんないことに……。

「なんでかっていうとね、『音の違いは耳が慣れてなきゃ絶対わからない』からなんだよ」

そう言うと珠ちゃんは、安いヘッドホンと高いヘッドホンの両方を手に持つ。

「いろはにとって、これらで得られる感動は現状、”ほぼ同じ”だ。大した差を感じないんだから、それは紛れもなくそう。それで別にいい。わかったフリなんかしなくていい」

「うん……」

「じゃあ、何を基準にヘッドホンを選ぶのか。まずは財布と相談しつつで、見た目と試聴感で良いと思ったものを選べばいい。3000円でも、3万円でも。ただし、そのあとにひとつ絶対守るべき約束がある」

「約束?」

「『必ず半年以上それを使い続けること』だ」

「うん、使うと思うけど……半年って何か意味あるの?」

「あるね。そしてここからがようやく、機材買い物1年生だ。音楽機材ってのはね、まずひとつを使い慣れなきゃ違いがわからないんだよ」

珠ちゃんは、ちょっと笑いながら言う。

「それで言うとさ、あたしが最初に使ってたヘッドホンなんて、1500円のやつだったんだぞ? どこで買ったかも覚えてないけど、まぁたぶんレンタルビデオ屋のレジ横とかに置いてある、しかもその中でもとくに安いやつだ。それでも、まったく不足はないと思ったんだよ。多分、今のいろはと同じ気分だね。ちゃんといろいろ聴こえる感じしたし、もっと言うならむしろ”良い音”だと思ってたしね」

「おお……そうなんだ」

あ、やばい、すごい安心感。

「でもね、それを使ってたらある日、あたしに音楽を教えてくれた人がお古のヘッドホンをくれたんだ。値段的には1万5000円くらいのやつなんだけど。それを聴いたらさ、なんと……」

「すごい差がありそうだね……」

「いや、ぜんっぜん良い音に聴こえなかったんだ。というか、ヘナチョコに聴こえた」

「ええ!?」

予想を裏切る流れだなぁ……。

「そのとき初めて手にしたのが、モニターヘッドホンっていう種類のヘッドホンだったんだけどね。このヘッドホンは、いわゆる普通のリスニング特化型ヘッドホンとは違って、とにかく味つけがない。低音が薄く聴こえるし、高音も派手に聴こえなかったりする。ようは、ジャムを塗ってない食パンみたいな感じだ」

「……へ、へぇ~」

「でもね、半年も経つと、このヘッドホンがどれだけ重要なヘッドホンなのか、わかってくるんだよね。久しぶりに前に使ってたヘッドホンを使ってみてビックリだったんだよ。音は全体的に膜が張ってるようなぼんやりした音だし、低音は無駄に強調されてるし、しかも輪郭も曖昧だし、高音はやたらシャリシャリしてるし、ボーカルもなんかゴチャッとしてどういうバランスなのかよくわからない。そんなヘッドホンになってたんだ。良い音だと思ってたヘッドホンがだぞ?」

「……なるほど」

「もともと、特に音楽を作る立場の人は、飾り気のない真っ白なヘッドホンじゃないと自分の味つけがどういう仕上がりになってるのかがわからなくなってしまう。だから真っ白を目指すっていうコンセプトの『モニター型』っていう機材が存在するんだよね」

「へぇ~なるほど~! 味つけのないヘッドホンなんてあるんだね~!」

「最初の質問に戻るとさ、いろはが今何を買えばいいのかって言ったら最短距離はそのモニターヘッドホンなんだけど、安物のヘッドホンを使うのだって『差を知るプロセス』にはなるんだし、無駄というわけじゃないんだよね」

「……うん。けど、やっぱりお小遣いの限界もあるし、そのモニターヘッドホン?っていうのにしたいな。今すぐはその良さってわからないけど、使ってるうちに耳が慣れていくってことだよね?」

「そうだな。ちなみにね、安物ヘッドホンは安物ヘッドホンで、これも1本は必要なんだよ」

「え?」

「これをあたしは『劣悪モニター』って呼んでるんだけどね。あたしの愛用していた1500円のヘッドホンも、実はまだ現役で活躍してるんだ」

「……? だって、音良くないんだよね?」

「”音が良くないから”、役に立つんだよ」

あれ、またわかんないこと言いだしたぞ珠ちゃん。

「だってさ、考えてもみなよ。あたしもいろはも、もともとは安物ヘッドホンで音楽を聴いてたんだ。そう考えると、世の中のほとんどの人がそういうリスニング環境で聴いてるってことじゃないのか?」

「…………あ~~……」

そういうことになるね。たしかに、モニターヘッドホンで音楽を聴くのは音楽作る人だけだもんね……。

「そして、それぞれがどういう味つけのヘッドホンで聴いてるかっていうのは、あたしらにはわかりようがない。だからこそだ、あたしらは自分の曲をモニターヘッドホンで作って、最終チェックがてら安物ヘッドホンで聴くっていうのも、やってみる必要があったりするんだよ。そうすると、その曲がどういう感じでリスナーの耳に届くのか、一例ではあるけどわかる」

「おお~なるほど!」

「てな感じでね、ヘッドホンには良いのも悪いのも、それぞれに使い道があるんだ。もしも無駄な買い方っていうのがあるとすれば、使い慣れないうちに買い替えまくったりとか、そういうことくらいじゃないかな」

「なるほど……なんか、いろいろ納得したかも……」

「以上すべての話を踏まえて、いろはが最初に買うものとしてオススメなのは……まぁこれだな」

珠ちゃんは、並んでるモニターヘッドホンコーナーの中でひとつを選んで私に渡す。それは、あるメーカーの1万5000円くらいのやつだった。

そして私は、その視聴用ヘッドホンをつけてサンプルCDを再生する。流れてくる音はすごく……。

あれ? すごく……良い?

「や、やっぱりあれだね、モニターヘッドホンって良―――」

「あんまわかんないだろ?」

「…………」

「……」

「うん! あんまわかんないや!」

「あっはははは! まぁ最初はそんなもんだよ!」

あ、なんか、わかんないことを正直にわかんないって言うの、さっぱりして気持ち良いな。つい見栄を張って、わかってる人になろうとしちゃうけど、そっか。わかるっていう言葉は、わかったときにだけ言えばいい言葉なのかも。

そんなわけで私は、お正月軍資金でそのヘッドホンを買った。まだ、どう良いのかは全然わかんないんだけどね!

今日はここまで!

*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*

珠美メモ

「ちなみに、モニターヘッドホンでオススメなのはMDR-CD900ST(ソニー)やHPH-MT120、220(ヤマハ)とかだぞ! スピーカーについては、あたしはヤマハのパワードモニタースピーカー『MSP5』を使ってる。ひとつ小ぶりな『MSP3』でもわりと十分だったりするぞ」


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