【作曲少女Q】その 3「高級音源という厚化粧の話」

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番外短編集『作曲少女Q~曲を作れるようになった私が気になったことの話~』

『高級音源という厚化粧の話』

「ダメだ。ダメだ。ダメだ。これじゃダメだ」

夜中にひとり、私はヘッドホンをしながら曲を聴いている。そして私は気づいた。これじゃダメだ。このままじゃ私はきっと、100年曲を作り続けてもこの曲みたいなカッコいい曲は作れない。

「うん。やっぱりそうだ。原因は、ここだね……」

私にしては珍しく、原因はハッキリしていた。それは『音色』。私の使ってるこの音楽ソフトの中に入ってる楽器の音色はそれほど種類が多くないんだけど、CDの曲に使われてる音色と私のこの音色じゃ、似てるようで全然違う。そこにはもう、どう考えても埋めようのない"豪華さ"の違いがあった。

「……このトランペットの音とか、私のやつヘナヘナで全然かっこよくないもん」

良い曲は良い音でできてる。まずそれは絶対だと思う。ちなみにこういう、音とかを強化する場合、音楽ソフトに市販の『楽器音源』っていうのをインストールすることで、もっと豪華な音が選べるようになるらしい――ってネットで見た。でも音源は高い。高いけど……。

「……ふっふっふ……私には、その困難を突破する財力が……ある!」

そう、いまは1月。私は、お正月という特別ボーナスによって十分な軍資金を得ていた! 本当はいまハマってるソーシャルゲームに半分くらい課金したいなと思ってたけど、そこはガマンして(というかお母さんにダメって言われた)私は、とても賢くこの時のためにお年玉を使わずにいたのだ。

「……でも音源って……何を買えばいいのか……むむむ」

かつて、かっこつけて作曲を始めて形から入った結果お金を無駄にしかけた私。最終的には珠ちゃんのおかげでそれは無駄にならずに済んだけど、今度の買い物では同じ失敗はしない。そう、こういう場合は……。

「うん。最初から珠ちゃんと一緒に楽器屋さん行こ♪」

そして私は、学校帰りに珠ちゃんを誘う。良い音源で、良い曲を作るために!

*~*~*~*~*~*~*

「――っていうわけでやってきたのは楽器屋さん! どどーん! 作曲やるようになってから来たの初めて!」

「テンション高いなぁおい」

「うん! なんかこう、楽器屋さんって以前は"選ばれし者しか入れないエリア"だったし、理論書とか買うのもアウェイ感すごかったっていうか……あのときはキーホルダーとか筆記用具とかしか見るものなかったんだよね……あはは」

実は、こんな風にちゃんと目的をもって楽器屋さんに来るの、憧れだったんだよね。うわぁ、なんか楽器ケース背負ってる人とかいっぱいいる。この人達みんな音楽やってるんだよね。……わ、私もやってるよ作曲! 私もここにいていいんだよね!? ドキドキ……。

「まぁたしかに、楽器屋って落ち着くよな。雰囲気良いっていうか。無駄に長居したくなるというか」

「キレイだしキラキラしてるし、なんか良いよね♪ ヴァイオリンとか見た目だけでなんかオシャレだし。ピアノもなんか高級感~♪」

「かと思えばドラムセットみたいな合体ロボも置いてあるしな」

「あ、それたしかに、そうかも。バンドの楽器ってロボっぽいよね!」

「アンプには電気を使ったりもするしな。つまりバンドは完全にロボ集団だよ」

「へぇ~そうなんだ。あ、本とかもいっぱい置いてあるんだね。楽譜とかかな? へぇ、なんか雑誌とかもあっていろいろ。あれ? なんかこの本の表紙の子、珠ちゃんに似てない?」

「そうか? ……ところでいろは、目的を聞かずに楽器屋までついて来たけど、何を買いに来たんだ?」

「あ、それなんだけど……実はかくかくしかじかで……」

「は? かくかくしかじかじゃわかんないじゃん」

「ええ!? これ、それで伝わるやつじゃないの!?」

「いや、伝わったけど。なるほど、プロが使ってるような高級音源を探してんのね」

伝わってたの!? どっち!? ああもう、ややこしい!

「でも、待ていろは。良い曲を作るために高級音源を欲しがってる、ってことか?」

「うん。今のままじゃダメだと思って」

「だとしたら、それはちょっとタンマだ」

「え、どうして?」

「……とりあえず、立ち話もなんだしいったん店を出るぞ。フードコートでたい焼きを食べよう」

「え? う、うん……?」

*~*~*~*~*~*~*

珠ちゃんに引っ張られて、同じショッピングモールの 1F のフードコートに来た私達。ダイエット中だった私は、珠ちゃんとたい焼きを半分こして尻尾の方を貰って食べている。

「……さてと、ところでさっきの話はな、少し長くなりそうだから座る場所が欲しかったんだ」

「うん。なんか、そうみたいだね」

「単刀直入に言おう。初心者がやみくもに高級音源を買うのは、ほとんど自殺行為だ」

「……え?」

珠ちゃんは、まぁ仕方ないけど、みたいな感じの顔で、たい焼きをモリモリ食べながら言う。

「『良い音源を買えば良い曲ができる』なんてね、そんなわけないんだよ。まぁ、もちろん最終的には関係あるけど、少なくとも初心者にとってそれはほぼまったく関係ない」

「え……でも……」

珠ちゃんがそこまで断言するならきっとそうなんだろうけど、でも、じゃあどうやってああいうプロみたいな音出すんだろう……。

「プロみたいな音、なんてまずは出そうとするな。かっこつけなくていいんだよ」

「う……」

また、いつもの珠ちゃんの読心術めいた先回りの言葉……。相変わらず、お見通しなんだなぁ……。

「音源ってのは、イラストで例えると画材みたいなもんだ。でもね、画材がいたずらに高級品で、種類ばっかり多くても仕方ないんだよ。ここには実はかなり危険な落とし穴が潜んでる」

「落とし穴?」

「『高級機材を買ったら上達した気分になる』という、勘違いの落とし穴だ」

「…………」

うわぁ、言っちゃった。珠ちゃんそれ、私もなんとなく気づいてたことではあるけど、それは言わない約束のやつだよ……。

「……そ、それはそうかもしれないけど……」

「いやね、これは根の深い問題なんだよ。”大金を出したのにむしろ曲が作れなくなっていく”、こういう不幸が起こってしまう。そしてそれにについては、実は明確な理由があるんだ」

たい焼きをガボッと口に放り込んで、モグモグゴクンと飲み込んだ珠ちゃんは、続ける。

「まともに曲を作ることができない段階で道具に頼った解決を求めたら、それは解決にならないどころか『良い機材を買ったのに―――優れた道具を手に入れたというのに、自分には何も作れない』と思ってしまう根拠になるんだよ。だから危ないんだ。まぁ、それなりに作れるってケースもなくはないけど、そうやって音源に頼って作ったものが良い仕上がりになるかもちょっと怪しい」

「…………ああ、うーん……」

言ってることの意味はわかるし、そういうこともあるんだろうけど……でも……。

「でも……たしかに使いこなせなかった場合はそういうこともあるかもだけど、それで実際作れたんならそれは良いことなんじゃない……?」

「まず――」

そう言いながら珠ちゃんは、スクールバッグから何かを取り出す。

「――これを見てくれ」

「……ゲーム……?」

「おう、ニンテンドー3DSだ」

「それだったら私も持ってるよ♪ 弟とふたりでひとつだけど」

「まぁ、大体の家にはあるよな。ちょっと待ってろ」

そして珠ちゃんは、DSで白黒の画面のゲームを起動した。これは……。

「これ、すっごい古いゲームソフト?」

「そう。ダウンロードソフトだ。DSの祖先であり、かつて伝説を築き上げたゲーム機『ゲームボーイ』のソフト」

「へぇ~、珠ちゃん、レトロゲームもやるんだね~! ゲーム通だね~」

「ゲームボーイのことをレトロゲームって言ったら世の中の30代くらいの人が衝撃を受けるから気をつけるようにな。……まぁ、聴け。このBGM、この音源を」

「うん」

流れているのは、そのゲームボーイのソフトのゲーム画面。独特のサウンドがなんだか、昔懐かしのゲームって雰囲気を感じさせる。

「良い曲だろ」

「うん。すごい良い曲だね」

「そうなんだ、良い曲なんだよ。使ってる音源は別に高級じゃないのに」

「…………」

「何が言いたいか、わかってきたか?」

「…なんとなく」

「そう、良い曲か良い曲じゃないかを決定づけるのは、音源じゃないんだ」

「……で、でも、たとえばこの曲だって、もっと高級な音源で鳴らしたら…」

「まぁ、豪華にはなるだろうな」

「で、でしょ?」

「そこが重大な落とし穴だ」

「……」

「いいか、よく覚えておけよいろは。たしかに高級な音源で鳴らしたらこの曲はもっとゴージャスになる。なるけど、この曲は『もともと良い曲』なんだよ。逆にいうと、ダメな曲をどれだけ豪華に着飾っても、ダメなものはダメなんだ」

「……まぁ、そうかもだけど……」

「かわいくなりたかったらまず痩せろって話だ」

「なっ……!?」

急に何の話!?

「つまりいろはが今取ろうとしてる手段はこうだ。『私って見た目、地味だしぽっちゃりしてるし、そうだ、あの化粧品試してみたらかわいくなるかも』」

「地味でぽっちゃりしてる……」

「ああ、例え話な」

「……うん」

「おい、無駄に落ち込むなよ。まだ話続きなんだから」

「う、うん」

「『かわいくなりたい!』そりゃあ、女に生まれたからには大体みんなそうだ。で、それを目指すからにはやることなんて決まってる。太ってるなら『まず痩せろ』って話なんだよ。でも、それはつらいからみんな、手軽な手段として見た目を厚化粧で盛る方向に進む。で、その結果、最終的にかわいくなるのかっていったら根本的な問題は解決してないんだけど、まぁ自分ではギリギリ許せる範囲ってところに落ち着く。まだ太ってるまんまでね」

「……珠ちゃん、この話やめよう?」

「む、どうした」

「なんだかすごく、無防備だったところに攻撃がきてるというか……クリティカルがすごいっていうか……心が折れそうっていうか……」

「いや、別にいろはのこと言ってるわけじゃないぞ? 例え話だよ」

「……だって……そりゃ、珠ちゃんは美人だしスタイルも良いし気にしないのかもしれないけど……」

「は……?」

平均の平均を生きる私には、その話題はなんていうかこう、若干ツラい……。

「……あれ? どうしたの珠ちゃん」

「ア、イヤ、え? ナニ? ナニが?」

なんか、珠ちゃんが見たことない表情してる……というか、顔真っ赤? え、なにこれ?

「珠ちゃんもしかして、美人って直接言われるの慣れてない……とか? 容姿端麗で有名だよ?」

「そ、あ、そんあ、そんなことはね、えーっ……ナイヨ」

ええ!? なにこれ、ちょっとおもしろい!

「……珠ちゃんってすっごく美人だなぁ~♪ 羨ましいなぁ~♪」

「おい! やめろ! なんか……ど、どうすればいいんだこれ!? 違う! あたしはそんなんじゃない!」

「恥ずかしがってるところもかわいいなぁ~♪ ずるいなぁ~♪ へぇ~♪」

「ちょ、ちょっとタンマ! タンマだ!」

「あははは!」

「……おお、驚きだ。予想してなかったところに妙な攻撃をくらってしまった……」

うっかり話が脱線したので、もう1個たい焼きをつまんで私たちは仕切り直す。

「ゴホン! えーと、何の話してたんだっけ?」

「珠ちゃんアイドル化計画の話だよ」

「いろはが痩せる方法の話だったか」

「ちょっと!? なんかこれバランス悪くない!? 私一方的にダメージ受けてるんだけど!?」

「あははは! うん、やめとこう!」

仕切り直す……。

「つまりね、あたしが言いたかったのは、良い音源っていうのは飾りなんだよ。作曲において大事なのは、メロディとベース、ハーモニーにリズム、これらがどういう絡み方をしてどんな印象を作り上げていくか。ここなんだ。作曲だけで語るなら、作曲の良さは音源の良し悪しで決まることじゃない。もうひとつの例で言うなら、『涼宮ハルヒの憂鬱』ってアニメで使われてた《恋のミクル伝説》って曲は、演出上わざと音をショボく作ってる曲だったけど、作曲家さんがヤバイくらい実力の高い人だから普通にちゃんと良い曲になっちゃってたしね」

「へぇ~。そういうのもあるんだね」

「繰り返して言うけど、大事なのはこの部分だ。『作曲の良さは音源の良し悪しで決まることじゃない』。よく覚えておけよ」

「そうなんだね……けど、意味はわかるんだけど、だったら何からすればいいのかわからなくて……」

「まぁ、いっぱい曲作ればいいんじゃん?」

「……でも、できればすぐに良い曲作りたいんだ。飾りじゃダメってわかってるんだけど、中身を良くするのって、そんなすぐどうにかできるようなことじゃないだろうし……」

「ま、そうだな。それはよくわかる」

たい焼きのしっぽを口からはみ出させながら、珠ちゃんは斜め上を見つめる。そして少しボーッとしたあと、こう続けた。

「……そうだな。その"曲の中身"を鍛えるために作曲初心者やるべきことはね、むしろ『条件の限定』だ」

「……え?」

「『条件の限定』。つまり、ある限られたルールの中で曲を作るという方法だ」

「え、でもそんなことしたら、もっと難しくなるんじゃ……」

「それがな、むしろ逆なんだよ。条件が限定されればされるほど、曲作りっていうのは簡単になっていくんだ」

「そんなこと……あるの?」

「まぁここが一番のポイントだな。ところでいろは、音楽ソフトについてだけど、あれって何でもできるはずなのに、なんか曲作りにくくないか? なんて言うか、漠然としてるというか」

「え? うーん……ほかのを試してないからわかんないけど、そういうものなんじゃないの?」

「いや、音楽ソフト、つまりDAWってやつはどれもあんな感じだ」

「……そうだなぁ……使いこなせるようになったらそうでもなくなっていくのかなと思ってるけど……」

「じゃあたとえばだ、『使える音はこの音のみ、使える機能もこれとこれだけ』っていう音楽ソフトがあったとしたら、どう思う?」

「……あ、なんか、むしろ良いかも……?」

「だろ? そうなんだ。音楽ソフトってやつは『何でもできる』からこそ、どうすればいいのかわからなくなっちゃうんだ」

「ああ……なんかそれ、わかるかも」

「初心者の曲作りについてもそうだ。ある狭い条件っていうのがあった方が、やれることが限られるぶん逆に簡単になる」

「あーーー。なるほど……」

「そういう意味で、高級音源を買うっていう選択はむしろ『可能性を広げてしまう』っていう方向のアプローチだから、さらに難しくなってしまうということでもある」

「……な、なるほど」

「だから、あたしがオススメするのはこれだな。『ひとつの音源だけを使って1曲仕上げる』」

「えっと……? それってどういう……?」

「ファッションで例えるなら、ひとつだけ気に入った服を買って、それをいろんな着方をして自分のものにしていくって感じかな。ひとつ決まってるだけに、バリエーションも限られる、みたいな。迷わずに済むっていうかね」

「ああー。なるほど……」

「いろはの使ってる音楽ソフトに入ってる標準搭載の音源だけでいいよ。でもその中の音を慎重に聴いて、一番いいのを工夫して使うんだ。『標準音源縛り』っていうルールで作るっていうかね。そうすれば、その中でどういう工夫をすれば良いかっていうゲームになる。遊んでなんぼが音楽だ。ほら、そう考えたら、なんかその曲にちょっとキャラクターがつくっていうかさ、“こだわり”がひとつつくだろ?」

「言われてみれば、逆にそういう考え方もあるのかもね」

「そして、使っていいトラック数、つまり楽器の数は4つまでだ。ほら、ドンドン狭くなるぞ」

「え」

「標準搭載の音源、そしてトラック数は4つ。できることはだいぶ限られる。けど、だからこそ、スーパーハイクオリティなのは"もともと目指さなくて良い"。ゲームボーイや《恋のミクル伝説》みたいに、音源はともかく良い曲!っていうのを最初から目指せば良いんだ。音源なんて、買って使い方ちょっと覚えたらそれでできるようになることなんだから」

「そっか……ああでも、超ハイクオリティなのじゃなくて最初はルールを決めて作ってみるっていうの、なんか逆に安心するね。できそうっていうか」

「まぁあたしも、いろいろ迷いながらやってきたからね。音源を買うことで解決できないかって思ったいろはの気持ちもわかるよ。それに、何かを買うことでモチベーションが上がるっていうのも実際にあるしね。でも忘れちゃいけないのは、『曲を良くするのは音源じゃなくて自分自身』ってことなんだ。これだけ間違えないようにな。何を買うにしても」

「うん。ありがとう珠ちゃん」

*~*~*~*~*~*~*

そんなこんなで、あとは百貨店の中をうろうろしながらの放課後を楽しむ私と珠ちゃん。なんだか、今日は特に一番聞きたいことを聞けたかもしれない。買い物って難しいよね。自分で良いと思ってるものが実は目的とズレてるってこともあるし、やっぱりこういうのは詳しい友達の話を聞くのが一番良いかも。

「うむ。やはりゴテゴテの高級音源メイクで見た目を盛りまくるんじゃなくて、すっぴんの作曲、笑顔と元気で素材の可愛さを磨いていかないとな」

「だね。私も、珠ちゃんみたいにかわいくなれるように頑張るね♪」

「……もう、うっさいなぁ。……っていうか、あたしそんなかわいくないだろ」

目を泳がせて困ってる珠ちゃん。どうやら私は今日、珠ちゃんの弱点を見つけた。曲のこと凄いって言っても普通なのに、どんなにガサツでも意外と乙女なんだね。ビックリ。これからしばらく私は、この方法で珠ちゃんを困らせてみることにした。……やり過ぎたらあとがコワいけど。

今日はここまで♪

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