番外短編集『作曲少女Q~曲を作れるようになった私が気になったことの話~』
『ホンモノの音楽の探し方の話』
「珠ちゃん、私はもっとホンモノの音楽を聴かなきゃダメなんだと思う!」
「…おお、どうしたいろは」
冬休みが明けて、3学期が始まった1月上旬。人だかりのストーブまわりから少し離れた教室の一角で、私は珠ちゃんの突っ伏している机に両手を置きながら、そんなことを言った。
「私はもっとホンモノの音楽を聴かなきゃダメなんだよ珠ちゃん」
「いや、なんで2回言ったの」
昨日までの冬休み、天才女子高生作曲家こと珠ちゃんのおかげで本当に曲が作れるようになった私(あらゆることが平均の平均、見た目は普通、頭脳も普通の山波いろは)は、その興奮も冷めやらず、次の曲を作ることを考えている。
「大事なことだから2回言ってみたの。あのね、1曲目はああいう感じでなんとかできたけど、でもやっぱり私、好きな音楽を作るとしても、そもそも好きな音楽の幅自体が狭いような気がするんだ」
「へぇ~。まぁそうかもね」
「……でしょ? でね、考えたの。『私はもっとホンモノの音楽を聴かなきゃ』って!」
「ふぅん」
机に突っ伏したままの珠ちゃんは、なんだか眠たそうに頭を揺さぶっている。その頭には、私がプレゼントしたオタマジャクシのぬいぐるみ帽子(タマちゃん2号)が被せられている。
「もぉ~珠ちゃん! 聞いてるの!?」
「あ! こら! 帽子返せよ! 寒いだろ!」
私が帽子をスポッと脱がせると、ようやく珠ちゃんは顔を上げた。髪の毛が帽子の癖で変な感じになっている。ちゃんとすればもっと可愛くなるのに、なんでそういうとこ適当なんだろ。
「……でね、だから珠ちゃんに聞こうと思って♪ ホンモノの音楽をいっぱい聴きたいんだけど、どういうのがいいの? オススメのやつ教えてほしな~なんて♪」
「んー、さっきからちょっとよくわからないんだけど、その"ホンモノの音楽"ってそもそもなんなのさ?」
「え?」
いや、それは珠ちゃんが知ってると思うんだけど……?
「本物って話なら、世の中にある音楽は、どれも一生懸命作ってるものだしどれも本物だよ」
「あ~~、ん~~、言ってることの意味はわかるんだけど、そういうフワッとした意味じゃなくて……」
「フワッとしてる? あたしからしてみれば、その"ホンモノの音楽"とかいう概念の方がひどくフワッとしてるものに思えるんだけどな」
あーもう、そうじゃないんだけど……。
「なんていうのかな……こう、あるじゃない? みんなが『コレは本物だ!』って言ってるやつ。あんまりわかんないんだけど……えーっと、なんか定番みたいな。あー、そうでもない。知る人ぞ知るっていうか、なんていうのかな……わからない? あるじゃない。なんか、それ聴いてたら通みたいなやつ!」
「あー、あるね」
「でしょ! はぁ~やっと通じた。でね、それを知りたいの! で、全部借りて全部聴く!」
「そーかー」
なんだか、さっきから珠ちゃんが全然乗ってきてくれない。なんで? 低血圧?
「……んー、別に、いろはの好きなの聴けばいいんじゃない?」
「も~! だから、そういうのじゃなくて……」
「わかったわかった、よし、じゃあ言うぞ」
あ、やる気になってくれた!
「ジャズで言うなら、昔を遡ればやっぱり究極はルイ・アームストロングだ。そのあとのビッグバンド時代ではグレンミラーとかが有名だけど、あたしはスタンケントンのほうが好きだね。大衆ジャズではなくモダンジャズの方向性で言うならチャーリーパーカーは絶対外せないし、マイルスも良い。あたしは後期のマイルスは正直よくわかんないけど、好きな人は多いね。フュージョンならウェザーリポートはまず聴いたほうがいいな。ジャコ・パストリアスとマイルスはまさにあの変の時代のキーパーソンで、あらゆるジャンルに影響を与えた巨人だからまず押さえておいて損はない。ロックならストーンズ、フー、ディープパープル、セックスピストルズ、古い殿堂入りばっか上げたけど、あたしがピンときたのはそのへんかな。ピストルズは良いよ。日本語ロックの領域だと忌野清志郎のタイマーズはかなりおもしろかった。サンボマスターもすごくいいね。パンクならやっぱベタだけどブルーハーツももちろん最高だ。椎名林檎は分類が難しいけど、あれもロックなのかな? とにかく究極だ。ああそうそう、最近映画の主題歌で話題になってるRADWIMPSも、日本語の歌の新しい可能性を示唆したすごいバンドだね。シンプルな4ピースだと、最近再結成されたザ・イエローモンキーが素晴らしいな。ポップスの方向なら、山下達郎がものすごいね。歌謡曲まわりでいうなら、中島みゆきは生きる伝説だ。ああそういえば、同じ事務所にジャズピアニストの上原ひろみがいるけど、上原ひろみも超人だね。レジェンドのトレースばかりが出てきがちな日本人ジャズプレイヤーの中で、彼女は圧倒的に開拓者として炸裂し続けている。目が離せないスーパープレイヤーのひとりだ。えーっと、どこまで話したっけ。あと話してないのはあれか、クラシック周り。あとは映画音楽の分野についても……」
「ちょ、ちょっと待って! メモが追いつかない……!」
うわぁ、次から次へと止まらないなぁ。そうか、これが音楽ガチ勢の感じなのか……。
「やっぱり、いろいろ聴いてるんだね珠ちゃん……」
「待て待て、早まるな。まだ100分の1も話してない。ケルト音楽の話もあるし、シャンソン、R&B、ボサノヴァに純邦楽に、ゲーム音楽、ミュージカル、まだまだあるぞ」
「ええ!?」
これで100分の1だったら、つまりあと実質100ページ分(小説換算)くらいこのまましゃべり続けるってことだよ!?
「ところでだな、いろは、聞かれたからとりあえず答えてはみたが、こんなことメモってどうするつもりだ?」
「え? どうするって、そりゃ聴くんだよ♪」
「ふうん。ちなみにさ、いまあたしが言った"ホンモノ"が気に入らなかったら、どうする?」
「……え?」
「もしあたしのいま言ったやつが気に入らなかったら、いろはは"ホンモノがわからない"ってことになるんじゃないか?」
「え、えーっと……そうかもしれないけど……わかるまで頑張る!」
ふいに珠ちゃんが、ちょっといじわるな顔で私を見る。そしていつもの、私を見透かしたような笑い顔で言う。
「頑張らなくていいんだよ。そもそも、音楽は頑張って聴くようなものじゃない」
「……うん! 楽しんで聴く!」
「そういうことじゃない。まぁ聞けよいろは」
そう言うと珠ちゃんは、肘をついて、でもちょっと楽しそうに話し始めた。
「きっといろはは今日にでも、レンタル屋さんとかでCDを借りたり動画サイトでその曲を検索したりダウンロードストアで買ったりして、それぞれ聴いてみるんだろう。それ自体が間違ってるとはあたしも思わない。というか、まぁそれだけを見れば単純に興味に根ざした純粋な鑑賞だ。でもね、あたしが良いって言ったからっていう理由で、たぶんいろははそれを疑わず、同じように良いと言うようになるんだろう。実際は、何が良いのか全然わかってなくてもだ」
「うっ……」
「音楽に限った話じゃない。たとえば芸術なんかが一番そうだけど、『わかったフリをするのが一番最悪』なんだ」
「ぐっ……」
「言わんとすることの意味はわかるだろ?」
「うん……」
珠ちゃんの言葉が、なんだか身に覚えのある私の急所を突いてくる。でも、それって誰でもやってることなんじゃないかな……。
「そうだよ。誰でもそうだ」
「うわ」
また珠ちゃんは私のハの字の眉毛を見て、まるで心を読んでるみたいに話す。
「そう。"わかったフリ"。みんなが良いと言っているものが自分にはわからない、自分には見る目がないんじゃないかという恐怖。集団社会においてそれは"孤立"という命に関わる危険だ。その恐怖心は誰にでもある。あるけど、そこで、わかってもいないものを『わかる』って言ったり、好きでもないものを『好き』って言ったりするのは、結果的には最悪なんだ。たしかにそれをすれば周りとも協調性がとれるし孤立もしないし、まるで見る目がある人みたいに振る舞えるかもしれないけど、それを繰り返した果てのいろはは、自分の目では良いものも悪いものも、好きなものも嫌いなものも判断できない、本当にどうしようもない人になってしまうんだよ」
……相変わらず、およそ女子高生とは思えない話をする珠ちゃん。でも、そういう風に言われたらなるほど、意味はわかるし、多分その通りだとも思う。
「うん。私も、そうはなりたくないな……」
「だろ?」
「でも、だったらわかるまで頑張るしかないんじゃない……?」
「いや、大事なのは努力じゃなく、"思い切り"の方かな」
「思い切り?」
「『わからないものはわからない』と言う、思い切りだ」
「わからないものはわからない…ああ、それって恐いかも」
「そう、"見る目がある人だと思われたい人"はね、これができないんだ。わからないものなんて世の中に腐るほどあるのに、ついつい『わかる』って言ってしまう。それを自分で嘘だとわかってればまだいいんだけど、わかるわかるって言ってるうちに、なんだか本当にわかったような気になっていく。でも実際は何が良いのかなんて本当にまったくわかってないし、実は好きでもなんでもない。まぁ、かくいうあたしも似たようなことがあったからこそ言ってるんだけどね。わからないものをわからないって言い切るのには、勇気がいるんだ。だって、バカだと思われちゃうからね」
「うん……」
「それで言うとさ、あたしにはいまだにビートルズのどこがいいのか全然わからないんだ」
「ビートルズって、あの有名なビートルズだよね?」
「ああ。ビートルズといえば世界が誇る伝説中の伝説だし、あらゆるミュージシャンに影響を与えたパイオニアの筆頭だ。けど、あたしにはあれがどう良いのか、やっぱりわからないんだよ。生まれた時代もあるのかもしれないけどね」
「そうなんだ……」
「いろはが最初にあたしに聞きたかった『ホンモノの音楽』は、"みんながホンモノだと言ってる音楽"だったんじゃないかな。それを努力して理解することが、ホンモノの音楽を理解することだと思ってる。けど、違うんだよ。それは大きな誤りだ」
珠ちゃんは私からぬいぐるみ帽子を取り返すと、それを被って続ける。
「いいかいろは、共通認識としての"ホンモノの音楽"なんていうのは、考え方からしてズレてるんだ。胸に響いた音楽は、全部本物だよ」
「うん……言ってることの意味はわかるんだけど……」
でも、だったら私は何をどう聴けば良いんだろう……。
「でもね珠ちゃん、音楽って、多過ぎるし……私、うん。珠ちゃんの言う通りだよ。どれがいいのか、聴いても全然わかんないんだ……」
「まぁ気持ちはわかるよ」
「うん……」
「ただ、聴き方には順序ってものがあるんだ」
「順序?」
「これをあたしは『音楽数珠繋ぎ』って呼んでるんだけどね」
「数珠……つなぎ?」
「そう、音楽数珠繋ぎ。たとえばだけどさ、いろはが好きな曲ってどんなのがある?」
「えーっと、そうだなぁ……ジブリの曲とか」
「またジブリか! ほんと好きだな!」
「うん……でも、ジブリの音楽って本物……だよね?」
「グッときたならなんでも本物だ。じゃあたとえばさ、《カントリー・ロード》あるだろ? それこそこの前の耳コピで何百回も聴いた曲だと思うけど」
「うん」
「あれの原曲ってどんなのか知ってるか? ジブリ版じゃないやつ」
「え? 原曲? あれってジブリの曲じゃないの?」
「おお、そこからか」
うわ、あれって原曲あったんだ。ビックリ。
「《カントリー・ロード》はもともと、ジョン・デンバーってシンガーソングラーターが1971年にリリースしたフォークソングだ」
「ジョン? っていうことは、男なの?」
「そう。女性ボーカルのイメージが強いけど、よくテレビとかで流れてるあれはオリビア・ニュートン=ジョン版で、つまりカヴァーなんだよ」
「あの曲って、元は男ボーカルだったんだ……」
「たとえば、こういうところから数珠繋ぎは始まる。歌う人は違っても、いろはのもとに届いた《カントリー・ロード》という一曲。その曲の出生は、70年代のフォークソングを支えたひとりのフォークシンガーにさかのぼる」
「うん」
「じゃあ、このジョン・デンバーはほかにどんな曲を作ったんだろうか。まぁまず知らないよね」
「うん」
「《カントリー・ロード》以外にももちろん、この人は良い曲をたくさん作っている。とりわけあたしが好きなのは《サンシャイン・オン・マイ・ショルダース》とかだね」
「なんでも知ってるんだね珠ちゃん……」
「気になったっていうだけの話だよ。それでね、じゃあたとえば『このジョン・デンバーはなんの影響を受けてそういう曲を作ったんだろう?』って、考えてみるんだ」
「え、誰かの影響を受けてるの?」
「もちろんだ。誰かの影響を受けていない人は、いない」
「そうなんだ……」
「いろはもあたしも、このジョン・デンバーも、ジブリで言うなら久石譲だって、誰も彼もが、誰かの影響を受けているんだ。基本的に、作ってるものはパクリなんだよ」
「それは……どうなんだろ……?」
「パクリだよ。ただ、その数が違う。アレとアレとアレとアレとアレとアレとアレとアレを足して割ったものに自分らしさらしきものを入れたものが、自分の曲だ。そう考えると、なるほどって感じだろ?」
「ああ~たしかに」
「音楽数珠繋ぎは、自分の感動した曲を作った人が何に感動したのかを遡る、音楽の旅だ。その道順の中には、自分と相性の合うものもあれば、まったく違う傾向のものもある。けど、もしかしたら、最初の感動の根本になった一番究極の高濃度の"感動の基"に出会う可能性もある。それが、世の中の音楽ファン達がやっている、音楽の聴き方なんだ」
「そうなんだ……でも、ちょっとわかりにくいんだけど、感動の基……って?」
「んー、なんていうかな、自分で自覚してたわけじゃなかった、でも"一番グッときた部分の理由"、つまり、元祖ってことかな。これはジャンルによって一概には言えないけど、芸術方面でもない限りはほぼすべての人が元祖をもってる。元祖は、キャッチーさは減るけどそのぶん濃さはすごい。そうやってその濃口を味わってみることで、自分の作るものもそういう風味を帯びたりすることもあるんだ」
「な、なるほど……う~ん……でもやっぱりなぁ……」
「ん? なんか気になるのか? 難しいことはないと思うんだけど」
「いや、なんていうか、私が好きなのは"その人の曲"で、その人が尊敬する人の曲のことまで好きかどうかはちょっと、どうなんだろう……? って思うんだけど……」
そう、たとえば私は久石譲が好きだけど、久石譲が好きなミュージシャンってなんか、すごくすごそうだし私にわかるのかどうか……。
「まぁ、だからそこなんだよ。話が繰り返すようだけど、わからなかったらわからなかったでいいんだ。"もしかしたら"くらいでいい。でもね、自分の好きな味付けをしてくれるシェフの好きな料理なら、たぶんいろはも好きだよ。というか、"好きな可能性が高い"」
「ああ、そう言われてみればそうかも……?」
「わからないものをわかろうとする必要はないんだ。わかるものだけわかればいい。そうやって聴いているうちに、好きなものの幅が広がることだってよくあるしね」
「そっか。なんか、変に力んでたかも」
「誰も良いって言ってないものだったとしても、自分が良いと思ったならそれを信じるのが良いだろうな。むしろそれこそが、持つべき思い切りだ」
「ああ……それ、いつも言ってるけどやっぱり恐いね……」
「だーいじょうぶだよ。大丈夫大丈夫。残念ながらあたしもいろはもネジのぶっ飛んだ天才さんじゃないからね。自分が好きなものがそんな超特殊なんてことはないよ。そして、だからこそあたしたちは、あたしたちみたいな普通の人の心に届くものが作れるんだ。好きなものを好きだって言えば同じようにそれを好きな人がちゃんと現れるから、思いっきり自分の好みを信じればいい」
「そ、そうだね! できるだけ思い切ってみるよ……!」
それはまぁ、できるだけって感じだけど……!
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放課後、珠ちゃんと一緒に下校する帰り道。私たちはレンタル屋さんに寄ってあれこれCDを借りた。その選び方はもちろん、私の音楽数珠繋ぎで。
「あと、これはレンタルじゃなくて、買っちゃお♪」
「お、金持ちだな。なんのC……ぉわっ!?」
そして私は、そのCDをレジに運ぶ。
「……買わなくてもうち来たらサンプル盤あげるのに」
「好きなミュージシャンのCDは持っときたいんだ♪ あと、この人が影響を受けたミュージシャンとかも、知りたいなぁ♪」
「……さっきメモっただろ」
「サイン貰って良い?」
「む……」
なんだかちょっと恥ずかしそうにしている珠ちゃんになんとなく新鮮さを感じながら、今日も私たちの放課後は暮れていく。
今日はここまで!
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カントリー・ロード / ジョン・デンバー
サンシャイン・オン・マイ・ショルダース / ジョン・デンバー
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